201811/12

アートの街を満喫。芸術家と映画のロケ地 パリのモンマルトル散歩  [海外旅行 パリ]

丘上にそびえるサクレ・クール寺院は、モンマルトルのランドマークだ

丘上にそびえるサクレ・クール寺院は、モンマルトルのランドマークだ

「芸術の都パリ」。使い古された表現ですが、初めてパリに行った30年前、私にとってパリはまさしくアートの街でした。とりわけ映画と絵画は、当時の私にとって大きな存在で、観光名所というより、芸術家ゆかりの地を巡っていました。その後、パリには何度も行っていますが、今回は、まだ“何者”でもなかった20代の私が初めて行き、滞在したモンマルトルの街を紹介したいと思います。あの時の旅は、自分にとってはまさに“一生モノ”の旅でした。

 

芸術家たちが集まったモンマルトル

セーヌ右岸のパリ18区に、パリで一番高い丘、モンマルトルがあります。丘上のサクレ・クール寺院、似顔絵描きの画家が並ぶテルトル広場、キャバレーのムーラン・ルージュなど、ここはパリ有数の観光地です。もともとはパリとは別の村でしたが、19世紀に拡大するパリ市街に呑みこまれてしまいます。20世紀初頭には歓楽街が生まれ、キャバレーが軒を連ねました(当時のパリのキャバレーは、歌手や芸人、踊り子などがパフォーマンスをする舞台でもあった)。また、貧乏な芸術家たちも、安い家賃のモンマルトルに集まってきました

老舗映画館Studio 28は、今もミニシアターとして営業中

老舗映画館Studio 28は、今もミニシアターとして営業中

私の初パリもモンマルトル

私が初めてパリに行った30年前、しばらく滞在していた安ホテルもモンマルトルでした。メトロのアベス駅から徒歩5分。当時はまだまだ庶民の町といった風情が残っていました。泊まったホテルの名前は「ホテル・デザールHotel Des Arts」(芸術ホテルの意味)。物価も当時は安く、トイレ、シャワー共同で1泊4000円ぐらいだったかと思います。同じ宿には日本人画学生や近くの学校に通うバレリーナもおり、若い活気に満ちていました。イーゼルを抱えた宿泊客と階段ですれ違うだけでも、素敵な気分でしたね。このホテルは現在もありますが、リノベーションして中級ホテルになり、当時の風情はなくなってしまったことでしょう。

ホテル・デザールの目の前には、今も1928年にオープンしたという映画館「Studio 28」があります。これはジャン・コクトーが内装をデザインした映画館で、監督ブニュエルのシュールレアリズム作品『黄金時代』上映の時は、右翼が爆弾をスクリーンに投げつけたそうです。映画『アメリ』で、アメリが映画を見ているのもこの映画館です。

 

印象派の画家たちが描いた場所

ホテルの坂道を登った突き当たりに大きな風車が見えますが、ここはかつてダンスホールでした。ルノワールの名画『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』のほか、ゴッホ、ピカソ、ユトリロらもこの場所を描いた、名画の場所なのです。

逆に坂を下り、レピック通りを右に行くと、すぐにゴッホと弟のテオが住んでいたアパートがあります。ただし住居なので、一般には公開されていません。

映画『アメリ』の舞台になり有名になったが、昔から営業していた「カフェ・ドゥ・ムーラン」

映画『アメリ』の舞台になり有名になったが、昔から営業していた「カフェ・ドゥ・ムーラン」

『アメリ』のカフェもこの近く

そのレピック通りからメトロのブランシェ駅があるクリシー通りまでは坂を下って徒歩5分。私がよく通っていたその途中のカフェが、その後、映画に出てきた時はビックリしました。「カフェ・ドゥ・ムーランCafé des 2 Moulins」は映画『アメリ』で、アメリが働いていたカフェです。見慣れていた場所にスクリーンで再会した時は、驚きと懐かしさで胸がいっぱいになりました。

カフェ・ドゥ・ムーランの前の道を下り、クリシー通りに出たところにあるのが、有名なキャバレー「ムーラン・ルージュ」です。映画もありましたが、あれはセット。ここは画家ロートレックの絵で有名ですね。今も古きスタイルを伝えるキャバレーとして健在です。

「洗濯船」があったエミール・グードー広場。訪れたら映画のロケが行われていた

「洗濯船」があったエミール・グードー広場。訪れたら映画のロケが行われていた

若き芸術家たちが暮らした場所

モンマルトルの丘上へ行く途中、静かなエミール・グードー広場に寄り道してみましょう。ここには20世紀初頭に「洗濯船」と呼ばれる集合アトリエ兼住宅があり、ピカソ、ブラック、モディリアーニ、ゴーギャンなど、のちに大成する画家たちが暮らしていました。ピカソの代表作『アビニョンの娘たち』(1907)はここで描かれたため、キュビズムの誕生の地としても知られています。「洗濯船」は残念ながら1970年に焼失してしまい、今は小さなショーウインドーに当時の面影を伝える資料が飾ってあるだけなのが残念です。

サクレ・クール寺院の脇には、パリに唯一残るというブドウ畑も残っています。19世紀初頭までは丘の斜面の3/4はブドウ畑でした。この畑の向かいに、かつてのキャバレー「ラパン・アジル」があります。前述の「洗濯船」に住むピカソなどの画家たちが通っていました。小さな店ですが、今もシャンソンを聴かせる店として営業中です。

 

その後、行くたびにモンマルトルの観光地化は進み、街並みも少しずつ変わっていきました。それでも、東京などに比べれば、変わらない部分の方が多いでしょう。この記事を書きながら、30年前にあの安ホテルに集っていた画家の卵や若いバレリーナたちはどうなったのだろうと、久しぶりに思い出しました。芸術作品を見るのも大切ですが、それを生んだ場所の空気に浸るのも、私にとっては重要です。そんなことも、また“一生モノ”の旅なのかもしれません。

 

[ DATA ]

スタジオ28( www.cinema-studio28.fr/ )
カフェ・ドゥ・ムーラン( cafedesdeuxmoulins.fr/ja )
ムーラン・ルージュ( www.moulinrouge.fr/ )
ラパン・アジル( au-lapin-agile.com/ )

 

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

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