201902/06

「いまを生きている」実感しかない!  一人旅は、禅かマインドフルネスか

 
海外一人旅は「自分VS.世界」、一対一の特別な時間 

海外一人旅は「自分VS.世界」、一対一の特別な時間

一人旅をしたことがありますか? 「無理!」「絶対したくない」という人も多いようですね。私はここ数年、たいてい一人旅です。お正月やGWなどにしか旅行に行けなかったころは、休みが合わせやすく誰かと行くこともありましたが、時間が比較的自由になったいまは一緒に行く相手が見つからず、一人で行くことになります。でも、もともと一人でいるのも好きなので、とても楽しいです。一人で旅行していると連れの誰かと話すことがありませんから、旅の時間のすべてを一人で受け止めることになり、その面では「コスパがいい」ともいえる気がします。今回はそんな私の旅のスタイルを紹介します。

一人でいると、風景も音も匂いも、最大限に心に刻まれる

一人でいると、風景も音も匂いも、最大限に心に刻まれる

身体も心も、とにかく忙しい!

一人旅のあいだは、本当に忙しいです。身体も忙しいですが、心も忙しい。どこへ行こうか、何をしようか、常に自分で判断しないといけないからです。せっかく来ているのですから、どうすればいちばん有意義か、楽しいか、そして早いか安いか安全かなども考えながら、瞬時に決断することの連続です。

どこへ行くかを決めるのも、それを手配するのも、自分次第

どこへ行くかを決めるのも、それを手配するのも、自分次第

そしてちょっと歩けば次々に新しいものが目に飛びこんできて、未知の体験が待っています。感動したり、感心したり、笑ったりすることもあれば、驚いたり、しんみりしたり、あきれたりすることもあり、心のほうも本当に忙しいのです。

一分一秒の密度が濃い、一人の旅時間

次々と何かが起こるので、撮った写真を見返している時間もありません。たまに必要に迫られ、さかのぼって見ることがあると、たとえば昨日撮った写真がとてつもなく前のことのように思えます。「これが昨日の出来事?」と驚くのは、そこからすでにいろいろなことが起きている証拠でしょう。写真を見返しながら、この数日だけでも、なんてたくさんのことがあったのだろうと思い知ります。しかもほとんどが、現在の頭の中からは消えているのです。

それはまさにその瞬間、瞬間を必死で生きているということではないでしょうか。過去を後悔している暇もなければ、遠い未来を心配する暇もない。私は気づきました。これはもしかして「いまを生きる」という、禅の教えに通じてはいないだろうか?と。 最近注目されているマインドフルネスにも近いような、「いまにフォーカスする」状態です。たとえば日常生活で犬の散歩をしているとき、犬は風の匂いや大地の感触をおおいに楽しんでいる一方、自分は悩みにとらわれて、「いま、ここ」にいない…。それを改め、いまを意識して生きることが心の平安につながるという考え方です。

「いまを生きる」って、簡単そうでむずかしい…

「いまを生きる」って、簡単そうでむずかしい…

必然に迫られて、「いま」だけを見ていた

禅やマインドフルネス。私もそういったものに興味を持ち、ときどき思い出したように試してみることがあります。「いまに集中して、この瞬間を大切に生きよう」と、考え方のクセを直す練習をしたり、瞑想に挑戦したりしましたが、長続きせずに終わっていました。しかしこれまでどうもうまくいかなかった、続けられなかったことを、旅のあいだは自然に行っていたのではないかと思えてきたのです。一人の旅は、いまを見つめてその瞬間を懸命に生きる、そんな時間の連続でした。

心のどこを開いて、どこを閉じるか。旅のあいだは、日本にいるときとはそのバランスが違っています。新しく起きることをおおいに受け入れる態勢にし、「いま」に対して心を大きく開く一方、自分を見つめる割合は小さくなります。まさにインプットばかりの状態なのでしょう。起きたことを後々ゆっくり思い出したり、考えたりする気ではいるけれど、とりあえず「いま」ではない。いまはするべきことがあるのです。そして時間が経ってふり返るころには、あのときのトラブルなど大したことないと思えるし、よかった思い出は忘れないようにしようと再確認したりして、自分にとってよい方向に処理できるのです。

知らない土地では、気持ちが自然と「いま」に向かっていく

知らない土地では、気持ちが自然と「いま」に向かっていく

一人旅は心の初期化にうってつけ

旅に出て、日常を忘れる。それは単に問題から目を背け、つかの間忙しくしているだけの「現実逃避」では?とも考えました。楽しいことで忙しいから、あんなにも集中できるのでしょう。でも旅だって、人生の一部。現実なのです。そして旅によって心はリセットされ、帰ってくればそれまでの日常も、行く前とは違った見方ができます。心は初期化されたパソコンのようにスッキリ、パフォーマンスも上がるような気がするのです。

もちろん、しばらくすれば旅の余韻は遠ざかっていき、前のようにまた過去を思い悩んだり、先のことを心配したりする日々になります。それでも行きづまったときに心の軸をどこに持って行くか、旅のあいだ一人だったからこそ必然的に身に着いた、あの感覚が役に立つのです。自分の深い内面とは距離を置き、いま起こっていることだけを大きく受け止める、あの心の持ち様です。

そしてリセットが必要だなと思ったらまた旅に出ればいい、そう思っているだけでも、気はラクです。禅やマインドフルネス、それぞれの本来の教えからは少しずれているのかもしれません。でも旅の最中、「いまを生きている」実感に満ちていたのは確か。人一倍、雑念や執着にまみれている私でも(?)です。否が応でも自分を違う次元にもっていってくれる一人旅。もしまだしたことがなかったら、一度試してみませんか? 人生観が少しでも変われば、それは“一生モノ”の経験です。

Chiri

人知れず旅に出て、ひっそり帰ってくるソロトラベラー。地元の人でにぎわう街をウロウロするのが何より好き。世界のどこかからひそかに持ち帰った一生モノの感動、驚き、学び、気づき…そんなあれこれを、ここに打ち明けさせてください。

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この記事を書いた人

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