201902/11

自然と自分をつないだ生き物たちの森 ボルネオ島の熱帯雨林観察ツアー

ガラマ川の夕焼けは美しい

ガラマ川の夕焼けは美しい

「自然環境保護が大切」なことは頭ではわかっていても、ふだんの生活の中で実感する機会はなかなかないものです。どこか遠い国の遠い森が破壊され、そこの生き物の生存がおびやかされていても、自分とは関係ないことのように思ってしまいがちですね。私もそうでした。しかし、ボルネオ島でネイチャーツアーに参加したとき、自分と自然が“ひと続きである”と心から感じたのです。これは私にとって一生モノのツアーでした。

自然観察が盛ん、しかし破壊も進むボルネオ島

世界で3番目に大きな島、ボルネオ島。私が参加したツアーは、そのマレーシア領サバ州のコタキナバルから出発しました。専用車に乗り、まずはガイドさんからこの辺りの自然や産業などについて説明を聞きます。目的地の川に着くまでは、アブラヤシのプランテーションが続いていました。アブラヤシの植林は熱帯雨林破壊の大きな原因ですが、マレーシアの重要な産業です。そこから作るパームオイルは日本にも大量に輸出されていますが、低賃金労働という問題も抱えています。そんな説明を聞くと、この国の環境破壊や労働環境についての責任の一端を日本も負っているとわかってくるのです。

晴れればマレーシア最高峰のキナバル山の頂上を望むことができる

晴れればマレーシア最高峰のキナバル山の頂上を望むことができる

遊園地のボートクルーズとは緊張感が段違い

2時間ほどでガラマ川という川に着き、ここからボートに乗っての自然観察です。この川は川幅が狭いのですが、それだけ川岸の生き物を近くで見ることができます。また、ホタルの出現率も高いため、ツアーによく選ばれています。

ボートツアーが始まるのは、生き物の活動が活発になる夕方から。整然と並んでいたアブラヤシのプランテーションとは似ても似つかない、混沌とした森をボートは進んでいきます。水の色が黒く見えるのは「タンニンを多く含んでいるから」とか。ぬめぬめと黒光りする水面を眺めているうちに、振り返るとボート乗り場がもう見えなくなっていました。さあ、いよいよジャングルのただなかです。

動物好きな私は、「何か動物を見られたらラッキーだな」ぐらいの軽い気持ちで参加しました。けれども次第に気持ちが引き締まってきます。この森は、鳥やサルなどはいうまでもなく、もっと小さな動物、目に見えないほどの虫、それらを覆い隠す植物たちが主役の世界です。そこでは、人間はただの迷惑な脇役。それが私にはたとえようもない快感であり、同時に畏れも湧き上がってきます。操舵も観察も人任せのツアーでも、ふだんは弛緩している感覚を呼び覚ますには十分でした。

テングザルのボスが私を見ていた

テングザルのボスが私を見ていた

絶滅危惧種の「テングザル」とは

このツアーでは、カニクイザルやミズオオトカゲ、イリエワニの赤ちゃん、そしてキラキラ輝くホタルなどを観察することができました。私が目を皿のようにして「何か見つけよう」と思うよりも早く、ガイドさんが生き物を見つけてくれます。また、熱帯雨林のユニークな植物についても解説してくれますよ。しかし、なんといってもこのツアーの目玉は「テングザル」です。野生のテングザルはここボルネオ島にしか棲息していません。しかも、現在は絶滅の危機に瀕しているのです。

テングザルの特徴は、オスの垂れ下がった大きな鼻と太鼓腹。オスの鼻は大きいほど、メスにとって魅力的に映るそうですよ。お腹が膨れているのは、腸が長いから。テングザルは猿としては珍しく、木の葉をたくさん食べるので、消化のために腸が長くなり、太鼓腹になったそうです。木の葉は苦くて毒性も強く、栄養価も果実より劣りますが、果実を好む他の猿と食べ物を取り合わずにすみます。見た目はユーモラスですが、環境に適した進化の形だったんですね。

熱帯雨林特有の美しい樹冠のシルエット

熱帯雨林特有の美しい樹冠のシルエット

動物園では決して味わえない感動

ボートからオスのテングザルを初めて見たときの気持ちは、何年たっても忘れることができません。私が木の上を見上げたとき、ボスザルとおぼしき彼は、すでにボートをじっと見下ろしていました。メスや子猿はモーター音を聞くと枝の上を逃げていくのに、このオスだけは落ち着き払っています。少しでもよく見ようとして浮き足立っているのは、むしろ人間の方なのです。私はカメラを下ろしてボスを見上げました。この瞬間、たしかに“目が合った”と感じました。「錯覚かもしれない……」「錯覚でもいい」。不思議な形の大きなサルが、目の前であのように絶滅の危機を生き延びている。そう思うだけで、胸がいっぱいになりました。川に初めて出たときに感じた、つかみどころのない“自然への畏敬”は、このように最良の形で像を結んでくれたのです。

ラフレシア。花盛りは過ぎてもなお圧倒的な存在感

ラフレシア。花盛りは過ぎてもなお圧倒的な存在感

開花を見ることはきわめて稀な「ラフレシア」

さて、ボートツアーに続き、翌日は森を歩くツアーに参加してみました。こちらの主な目的は、幻の花「ラフレシア」を見ること。ラフレシアは世界最大の花で、開花までに1~3年かかりますが、開花すると数日で腐ってしまいます。しかもつぼみは味が良くて動物に食べられやすいため、熱帯雨林に行っても咲いている花を見られる確率はきわめて低いのです。私はキナバル公園近くの民家で、幸運にも開花したラフレシアを見ることができました。

そこでは初めて見る花の異様さに、息を呑みました。「花」の持つ、愛らしさや可憐さからはほど遠い、グロテスクとさえ思える姿。昔、これを見たヨーロッパ人が人食い植物だと信じてしまったのもうなずけます。円く空いた真ん中の穴の奥には蕊(しべ)がありますが、確かに、もしここに手を入れたら食べられてしまいそうな気がするほどです。さらに見つめていると、血の通う動物のようにも見えてきます。咲き終えた花がそのまま真っ黒に腐っていく姿はすさまじいもので、真ん中の円形の穴から断末魔の叫びが響いてくるように思えました。

花に対して、このような怖れに近い感情を抱いたのは生まれて初めてのことです。ラフレシアはキナバル公園で見たどの植物とも少しも似ておらず、どれよりも強烈な存在でした。そして昨日見たばかりのテングザルの姿も重なりました。動物と植物の違いはあれ、この熱帯雨林での生存競争に勝つため、両方とも他の種とは異なる進化を遂げて生き延びていたのです。

「自然環境を守りたい」という気持ちが心から湧き上がるような体験を

この二日間のツアーで、テングザルとラフレシアという、見ることがきわめて難しいふたつの生命を観察することができました。それらは、いまだに謎の多い環境に守られながら生き延びてきた、孤高の姿でした。日常生活にすっかり戻った今でも、あのふたつの生き物の姿は目に焼き付いたままです。これらのツアーはとても気軽に参加できるものです。それで“一生モノ”の体験ができるなら、参加する価値はあると思いませんか?

神谷

「長い旅、遠い国への旅、地を這う旅」こそが至上の旅だと思い込んでいた若いころ。今は旅が短くても、近くても、安楽でも、その中に一生忘れられないきらめきを見つけることが上手になりました。“旅とふたり連れの人生”の旅をしています。でもいつかまた、地を這う旅に戻ってみたい気持ちも……。行きたいところはいつでもいっぱいです!

神谷
この記事を書いた人

この記事を書いた人神谷

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