201902/15

インド最果ての秘境ラダック 雄大な自然と友との邂逅

花畑の間の小さな流れで顔や頭を洗う友人

インド最北端の山岳地帯で、数年来の知り合いである友人の実家に招かれました。観光地化されていない村の雄大な自然と、厳しい自然のなかの素朴な暮らしに触れる、忘れられない旅となりました。

旅先で、現地人の家に泊めてもらったことはありますか? 旅をしていると、「ぜひうちに来てほしい」という招待を受けることが時折あります。中にはあやしいお誘いもあるし、旅のスケジュールがいっぱいで行く時間がないときもあるでしょう。しかし信頼できそうな人を見極め、思い切って行ってみると、それがかけがえのない体験になることがあります。私にとってはインド北部で友人の実家を訪れたことが、これまでで最も印象に残った現地人の家滞在となりました。

普通の旅行では絶対行かないような場所

訪れたのは、インド最北端のジャンムー・カシミール州と、その隣のヒマーチャル・プラデーシュ州の境にある、チュミギャルツァという村です。標高2000m前後の山岳リゾートであるマナーリーという町から、標高3500mにあるレーを中心とするラダック地方へは、夏にのみ開通する長い道が延びています。その村は、その道路の途中にあるサルチュという場所から、約2時間歩いた場所にありました。

道路沿いにお茶や食べ物を売るトタン製の小屋が並ぶサルチュ

訪れたのは、インド最北端のジャンムー・カシミール州と、その隣のヒマーチャル・プラデーシュ州の境にある、チュミギャルツァという村です。標高2000m前後の山岳リゾートであるマナーリーという町から、標高3500mにあるレーを中心とするラダック地方へは、夏にのみ開通する長い道が延びています。その村は、その道路の途中にあるサルチュという場所から、約2時間歩いた場所にありました。

チュミギャルツァ村は20戸ほどの民家から成る集落で、ホテルも飲食店もなく、観光客はまず行かない場所です。2つの州がそれぞれ領有権を主張しているエリアのため、携帯電話が通じず、地図にも表示されないことが多いです。現地の人が案内してくれなかったらなかなか行けませんし、その存在すら知ることがなかったでしょう。

レーを朝まだ暗いうちに発ち、もうもうとほこりが入り込んでくるバスに揺られて約8時間。サルチュでバスを下りました。

黒い点のように見えるのは野良犬。飢えると人を襲うことがある恐ろしい存在なので、ラダックの人々は非常に警戒していました

雄大な自然の中を村までハイキング

サルチュには、友人タシのお母さんが迎えに来てくれていました。ここからチュミギャルツァ村までは、山と川の間を縫って続くかすかな道をたどって歩きます。

あいにくの曇り空でしたが、標高4000mを超えると思われる木のほとんど生えない土地で、切り立つ山々の峰や、放牧されたヤギの群れ、清らかなツァラップ川を眺めながら行くのは爽快でした。なかでも一番美しかったのは、ようやくたどり着いたチュミギャルツァ村の風景。麦の穂が揺れ、黄色い花が咲き乱れるこの土地は、短い夏を謳歌しているように見えました。

レーなどの町の家に比べると簡素ですが、ここにもラダック伝統のダイニングルームが

素朴な村の暮らしを垣間見る

友人の実家は、日干しレンガで作られた伝統的なラダックの家でした。冬の間の家畜の飼料となる麦の穂が、屋根に積まれていました。父親は所要で町に行っているとのこと。私は持参のテントを家の前に張らせてもらい、ここに2日間滞在しました。

食器がずらりと壁に並ぶ、ラダックらしい台所がこの家にもありました。手前のストーブに、拾ってきた小枝や動物の糞を入れて火をつけ、煮炊きをします。

水はきれいな流れの場所まで汲みに行かなければいけません。すぐに燃えてしまう燃料を集めるのも一苦労でしょう。麦の栽培と家畜の放牧で生計を立てる、この地の暮らしの大変さが思われました。

2階の小部屋は仏間になっていました。ラダック人の多くはチベット仏教を信仰しています。お経の束が壁に並び、宗教的な絵や、彼らが敬愛するダライ・ラマ14世の写真が飾られ、器に入れた水や米、ヤクのミルクで作ったバター灯が供えられていました。

短い夏を喜ぶかのように黄色い花が咲き誇るチュミギャルツァ村

絶景の中での牧歌的な日々

村での日々は、とてもシンプルでした。

朝は花畑の間を流れる冷たい小川で顔を洗い、前日の服を洗濯します。食べ物や飲み物は、基本周囲でとれたもの。伝統のバター茶を飲み、トゥクパと呼ばれる麦の粉とチーズを入れたスープや、ヤクの干し肉をいただきます。野菜は貴重で、夏の間のわずかな期間にのみ栽培できるそうです。

日中は周囲を散策。一歩外に出るだけで美しすぎる風景が広がり、近くにはフクロウが棲む独特な形の谷や、かつて金色の魚がいたという、おとぎ話に出てきそうな池などがありました。近所のおじいさんがヤクの毛でロープを編んでいるところを見かけて、お手伝いもしました。

夜は「チャン」という、麦から作ったビールのようなお酒を飲みながら、友人に通訳してもらってお母さんと話したり、ラダック語の単語を習ったり。就寝前、戸外には満点の星空が広がり、眠りにつくのが惜しいほどでした。

冬はツァラップ川の水が減少し、村に車で入ることができるそうです

夢見るような美しさに後ろ髪を引かれながら

3日目、チュミギャルツァ村を後にした私は、サルチュから乗り合いバンを乗り継いで山を下り、ケイロンという町に1泊して、森の緑に包まれたマナーリーへ下りました。

標高が高く、周囲に町はなく、人が暮らすには非常に厳しい環境のチュミギャルツァ村。でも、だからこそ美しい自然と昔ながらの暮らし、そして心温まる人々との出会いがありました。村をあとにした私は、まるで天上界にでもいたかのように、しばらくの間夢見心地の状態でした。

 

もしあなたに仲のよい外国人の友達がいたら、その人の実家はどんなところかと尋ねてみてはいかがでしょうか。もし興味を引かれる場所で、タイミングが合って訪れることができたら、普段とはひと味違った旅になるに違いありません。もしかすると、それまでまったく知らなかった場所が、その後何度も訪れたくなる”一生モノ”の旅先になるかもしれませんよ。

菅沼 佐和子

初めて海外を一人旅したとき、こんなに遠くまで来たこと、そして完全に自由であることが、猛烈にうれしかった記憶があります。日本にはない風景や異質な文化、未知の人々に出会うのも大きな喜びですが、究極的にはそれらを含め、「どこか遠くにいる自由な自分」をより強く感じさせてくれる場所が、私にとっての“一生モノ”の旅先なのです。

菅沼 佐和子
この記事を書いた人

この記事を書いた人菅沼 佐和子

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