201902/25

著名人が眠るパリの3大墓地 その3 モンパルナス墓地

モンパルナス墓地。奥に見えるのは59階建てのモンパルナス・タワー

著名人が多く眠るペール・ラシェーズ墓地、モンマルトル墓地と、パリ市街の墓地を紹介してきましたが、最後に紹介するのがパリ左岸14区にあるモンパルナス墓地です。ここは500メートル四方ほどあるかなり大きな墓地で、モンパルナス駅からは徒歩10分ほど。今はビジネス街になっていますが、モンパルナスは2つの大戦の間の1920年代は、パリの知識人や芸術家たちが集う場所でした。特に移民や外国人芸術家たち、ピカソ、シャガール、モディリアーニ、ジャコメッティ、ミロ、アメリカからは小説家のヘミングウェイやフィッツジェラルド、日本からは藤田嗣治、岡本太郎などがこのモンパルナスのカフェに集っていたのです。しかしそんな時代も世界恐慌と続く第二次世界大戦で幕を閉じます。そんなモンパルナスにあるのが、この墓地です。では、そこにある墓をいくつか訪れてみましょう。

セルジュ・ゲンスブールの墓

異色の歌手セルジュ・ゲンスブール

まずは日本ではそれほど有名ではありませんが、フランスではその名前を知らないものはいないという歌手・俳優のセルジュ・ゲンスブールの墓へ行ってみましょう。彼は作詞・作曲もする自作自演スタイルで、時には過激な歌も歌い、1965年にフランス・ギャルに提供した「夢みるシャンソン人形」がヒットします。1968年に女優のジェーン・バーキンと出会い、やがて一緒に暮らし始め、2人のデュエット「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」はヒット。娘シャルロット・ゲンスブールが生まれますが、2人は1980年に別れてしまいます。ゲンスブールは1991年に62歳で亡くなりました。彼の墓には今も訪れる人が多いようで、いろいろなものが置かれていました。メトロの切符が置かれているのは、彼のデビュー曲「リラの門の切符売り」にちなんだものだとか。

ジーン・セバーグの墓

悲劇的な死を迎えたジーン・セバーグ

ショートカットの「セシルカット」の代名詞となった女優のジーン・セバーグの墓も、この墓地にあります。アメリカ人のセバーグは、フランソワーズ・サガン原作の映画化『悲しみよこんにちは』(1957)の主演でブレイク。その後、フランスに渡りゴダール監督の『勝手にしやがれ』(1959)でジャン=ポール・ベルモンドと共演し、一躍ファッションアイコンに。しかし以降はヒット作に恵まれず、後年精神を病み、1979年にパリで自動車の中で自殺しているのが発見されました。40歳でした。

ジャック・ドゥミの墓

名作ミュージカルを監督したジャック・ドゥミ

ジャック・ドゥミは1960年代に活躍した映画監督です。1961年に『ローラ』で監督デビュー。1964年、カトリーヌ・ドヌーヴ主演のミュージカル『シェルブールの雨傘』が世界的なヒットをします。セリフがなく、ミシェル・ルグラン作曲による歌によって語られる斬新なスタイルで、主題歌も人々に広く愛されました。近年大ヒットしたミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』が、この作品にオマージュを捧げた作品であることはご存知でしょうか? しかし70年代中盤からドゥミは作品に恵まれず、いつしか忘れられる存在になり、1990年にエイズにより死去しました。しかし2000年代から作品のデジタル修復が進み、そのカラフルな映像美が再評価され、『ロシュフォールの恋人たち』(1967)、『ロバと王女』(1970)がリバイバル上映されました。妻は同じく映画監督のアニエス・ヴァルダです。

アンリ・ラングロワの墓

映画の保存に貢献したアンリ・ラングロワ

最後に、一般的には馴染みがないと思いますが、フランス映画好きなら彼に感謝しなくてはならないというアンリ・ラングロワの墓に私は行きました。トルコ出身のラングロワは、1936年、21歳の時にパリにシネマ・アーカイヴを発足させます。当時、映画のフィルムは公開後には裁断されて再利用されていました。映画は娯楽で、芸術として保存するという考えがなかったのです。こうして貴重な古典作品のフィルムは失われていったのですが、それを私費で収集してアーカイヴを作ろうとしたのが彼なのです。ラングロワによるフィルム上映会により、1960年代の映画運動ヌーヴェルヴァーグを担った、トリュフォー、ゴダールといった若者たちが旧作の再発見をし、作家として育っていきました。1968年には彼の存在を疎んだ政府によりラングロワが更迭された「ラングロワ事件」が起きますが、たちまち内外の映画人による批判を受け、政府はそれを撤回せざるをえなくなりました。ラングロワは1977年に亡くなりました。訪れた彼の墓はその功績を讃えるかのように、映画のシーンがコラージュされたものでした。

いかがでしたか? 自分の趣味を反映して映画人の墓巡りになってしまいましたが、モンパルナス墓地には他にも多くの著名人が眠っています。「怪盗ルパン」で知られる作家のモーリス・ルブラン、『愛人 ラマン』の原作者マルグリット・デュラス、哲学者のサルトルと伴侶で作家のボーヴォワール、詩人のボードレール、劇作家のイヨネスコ、作曲家のサン=サース、無政府主義の父と言われたプルドン、写真家のマン・レイなどが有名です。

 

大通りにカフェが並び、戦間期には芸術家たちが集ったモンパルナス。第二次世界大戦後は、芸術家や知識人たちは拠点をサン=ジェルマン=デ=プレに移り、活況が戻ることはありませんでした。そのモンパルナス大通りから歩いて行ける距離にあるこの墓地、機会があったら足を運んでみてはどうでしょう。故人の墓の前に立ち業績を偲ぶことも立派な旅の目的。そんな“一生モノの旅”があってもいいかもしれません。

 

[DATA]

モンパルナス墓地に眠る著名人のリスト(https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_burials_at_Montparnasse_Cemetery

 

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

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