201903/25

「北のパリ」ワルシャワ 破壊から甦った美しい旧市街

風船につかまって飛んでいけそう?

「ワルシャワ歴史地区(ワルシャワ旧市街のこと)」が自分にとって一生モノの旅先になろうとは、行ってみるまで予想もしていませんでした。実際に訪れ、世界遺産である旧市街を歩いていくうちに、言いようのない感動が心に満ちてきたのです。ワルシャワ歴史地区は、それまで歩いたどの街並みとも違う美しさを持っていました。

ベストシーズンの夏のポーランド

私がポーランドを訪れたのは、美しい夏の日でした。首都ワルシャワには、短い夏を楽しむ市民や旅行者がそぞろ歩いていました。騎士のコスチュームを着込んだ人が記念写真の呼び込みをし、シャボン玉がどこからともなく飛んできて、アコーディオンの音色が広場に流れます。風船売りはカラフルな風船を差し出し、子供の手を離れた風船は、群れ立つ鳩と青空で交差します。心浮き立つような、典型的な夏のヨーロッパの光景がそこここに見られました。

美しい街並みは、ほとんど戦後に作られた

現在の美しい都からは想像しにくい、不幸な歴史

誰もが微笑みながら観光するその街角が、ほんの数十年前まではおびただしい血の流された場所だったなんて、信じがたいほどです。ここワルシャワの旧市街は、第二次世界大戦の戦禍により荒れ果てていたのです。ポーランドは四方を他国に囲まれているため、近世から度重なる侵攻を受けてきました。18世紀の「ポーランド分割」では国土が消滅する危機にも見舞われました。そして、第二次世界大戦時にはナチス・ドイツによる徹底的な破壊により、ワルシャワ市街の80%が瓦礫と化してしまったのです。

シックな色合いも、実は新しい建物

綱渡りの復興計画。立役者となったのは……

自分の街が文字どおり根こそぎ奪われてしまうことは、生きる力を奪われることに他なりません。現在の生活のみならず、それまでの思い出も、当たり前に続いていくはずだったこれからの平和な暮らしも、すべてが失われてしまったのですから。けれども、戦後のポーランド人たちはワルシャワ旧市街を驚くべき努力の末に復活させたのです。それも、“壁のひび割れひとつに至るまで”という、微に入り細を穿つ復元作業を経て。なぜ、そんなことができたのでしょうか?

レンガの下の方についている筋から上が、復元された部分

街の復元にあたり、キーパーソンとなった人が二人いました。ひとりは、イタリア人風景画家のベルナルド・ベッロット。きわめて緻密な画風を持っていた彼は、多数のワルシャワの風景画を残していたのです。これが復元事業に大変役に立ったということです。もう一人は、ワルシャワ工科大学建築学部の教授、ヤン・ザフファトビッチです。ザフファトビッチ教授は戦間期から学生たちとともに街のスケッチに取り組んでいたのです。第二次世界大戦が始まってからも、身の危険を冒してひそかにスケッチが続けられました。3万5000枚におよぶスケッチは、教会の棺などに隠されて保管されていました。

シャボン玉売りに足を止める旅行者たち

紙と鉛筆が彼らの武器となりました

ザフファトビッチ教授は、ワルシャワが免れようもなく破壊されるであろうことを予見していたのです。「北のパリ」とも称えられた美しい故郷が暴力によって踏みにじられるのなら、自分たちの手で、自分たちのやり方で、再び取り戻してみせる。「意図と目的をもって破壊されたものは、意図と目的をもって復興する」という彼の言葉は、まさにその信念をひとことで表しています。

バルバカン(馬てい形の砦)の内側を通る観光馬車

彼の情熱に市民も立ち上がります。建築学部の学生や大工などを中心に、一般の市民も無償で復元工事に参加しました。荒れ果てた首都を何の思い出もない別の風景に作り直すのではなく、可能な限り厳密にもとに戻すこと。それは、単に第二次世界大戦からの復興という意味合いだけではなかったはずです。何世紀もの長きにわたって侵略を受けてきた悲しみの歴史を、もう決して繰り返さないという意思表示だったのではないでしょうか。

着ぐるみは世界共通の人気者

古いようで新しく、新しいのに歴史ある風景

ワルシャワ旧市街の建築物には、たしかに本当に古い建築が持っている重厚さが足りません。しかし、ワルシャワの歴史を知ってから歩いてみると、この場所の真価がわかってきます。建築という目に見える物体ではなく、それを自分たちの手で取り戻した「市民の意志」、これこそが真に価値あるものなのです。

 

ワルシャワ旧市街を歩いていると、東日本大震災をはじめとする日本の天災のことがしきりと思い出されました。戦争に限らず、津波や地震などによっても、人は暮らしの場を失います。けれども、もしもそこで“壁のひび割れひとつに至るまで”自分の住む家や街が再建されたら、どうでしょう? その信念こそ、人が再びこの地で生きていこうとするための力となるにちがいありません。

ワルシャワの街並みを歩くことは、故郷を引き裂かれた苦しみ、不屈の精神、そして自由で平和な暮らしへの希求という、ポーランドの人々の心を旅することに他なりません。街そのものに刻み付けられた人間の強い意志を感じたときが、ワルシャワ旧市街を“一生モノの旅”にしてくれる瞬間なのです。

 

神谷

「長い旅、遠い国への旅、地を這う旅」こそが至上の旅だと思い込んでいた若いころ。今は旅が短くても、近くても、安楽でも、その中に一生忘れられないきらめきを見つけることが上手になりました。“旅とふたり連れの人生”の旅をしています。でもいつかまた、地を這う旅に戻ってみたい気持ちも……。行きたいところはいつでもいっぱいです!

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