201904/01

“一生モノ”となる新婚旅行はどこ? 編集部が選んだハネムーン先5選

グラナダのアルハンブラ宮殿と市街。パラドールは宮殿の敷地内にある(スペイン)

そもそもどこに行くにせよ、ハネムーン自体が“一生モノの旅”であることにはまちがいありません。行く場所は本来それほど重要ではないのです。しかし今回はあえて「こんな旅もできます」という提案をしてみます。実はここで紹介する5つの旅はすべて、実際に編集部の知り合いが行ったハネムーンの中から評判が良かったものから選びました。こんな新婚旅行先もあると、あなたのハネムーンの参考にしてみてはいかがですか?

スペインの宮殿ホテルに泊まる。異国情緒たっぷりのアンダルシア(スペイン)

マドリッドやバルセロナなどの大都市も楽しいスペインですが、ハネムーナーへのおすすめは、落ち着いた雰囲気が漂う地方都市です。とりわけスペイン南部のアンダルシア地方は、かつてのアラブ文化の名残りもあり、雰囲気抜群。私たちがスペインと聞いてイメージするフラメンコと闘牛も、実はアンダルシアが発祥の地なのです。町に着いてしまえば、その中心部はほぼ徒歩圏なので移動の心配もありません。正味一週間ほどあれば、アンダルシアの代表都市を回ることもできるでしょう。

さて、せっかくのハネムーン。ならば泊まってみたいのが、宮殿や古城、修道院などの歴史的建造物を利用した「パラドール」です。アンダルシア人気の都市グラナダのパラドールは、アルハンブラ宮殿の敷地内にあります。なのでそこへの宿泊は、まさに一生の思い出になるでしょう。ほかにもヌエボ橋の眺望で有名なロンダにあるパラドールは、橋のすぐ脇にあり宿泊料金も手頃でおすすめです。

 

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スペイン
Parador de Granada

 

 

エーゲ海のミコノス島の丘上に並ぶ風車(ギリシャ)

青い海と白い壁の町。エーゲ海の島々をフェリーで回る(ギリシャ)

エーゲ海には多くの島々があり、4〜9月のシーズン中はフェリーが頻繁に行き来しています。この半年間は雨も少なく、エーゲ海のすばらしい「青」が堪能できるのでハネムーンに検討してみてはいかがでしょうか。ギリシャの島々の滞在は何も豪華ホテルに泊まる必要はなく、ハネムーンでも青い空と海が見えるテラス付きの客室でのんびりと過すだけで十分なのです。

断崖絶壁の上に町があるサントリーニ島では、白壁の町と青い海のコントラストが堪能できます。とりわけ崖上から見るエーゲ海のサンセットはふたりの一生の思い出になるでしょう。作家の村上春樹氏が滞在し、『ノルウェイの森』を執筆していたのがミコノス島です。家々の壁が白一色で統一されたミコノスタウンの散策は心地よく、湾沿いのレストランで丘上の風車を見ながらのんびりと食事をするのもいいでしょう。そのほかにも、迷宮伝説が残るクレタ島、騎士団領だったロドス島もハネムーナーにおすすめの島です。

 

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ギリシャ政府観光局http://www.visitgreece.gr/

 

 

ジャイプルにある宮殿ホテルのランバーグパレス。ライトアップされた庭(インド)

ラジャスタンの宮殿ホテルでマハラジャの栄華を体験する(インド)

「インドはハネムーナーにはハードルが高い」と考えている方は多いでしょう。しかしインドは世界的な大富豪も数多く輩出している国。豪華なホテルやレストランもあり、さまざまなタイプの旅行ができます。そこで編集部からのおすすめは、宮殿ホテルでの滞在です。インドには、独立まで「藩王」とも呼ばれるマハラジャが統治している地域がありました。そのマハラジャの宮殿が現在はホテルになっているのです。

宮殿ホテルが多いのはインド北西部のラジャスタン州です。州都ジャイプルにあるランバーグパレスはマハラジャの邸宅を改装したホテルで、室内の調度品からレストランや庭園といった施設にいたるまで、すべてがゴージャス。ジョードプルのウメイドバワンパレスは現在も建物の一部に藩王の一族が住んでおり、ここも建築や内装は一級品です。ハネムーンにぴったりなのが、湖上に浮かぶ島がそのまま宮殿ホテルになっているウダイプルのレイクパレスでしょう。こうした宮殿ホテルに泊まり、ふたりでマハラジャ、マハラニ気分を味わってみてはいかがでしょうか? きっと忘れられない思い出になりますよ。

 

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ランバーグパレス
https://www.tajhotels.com/en-in/taj/rambagh-palace-jaipur/

ウメイドバワンパレス
https://www.tajhotels.com/en-in/taj/umaid-bhawan-palace-jodhpur/

レイクパレス
https://www.tajhotels.com/en-in/taj/taj-lake-palace-udaipur/

 

 

こんな雄大なグランドキャニオンも、ラスベガスから足を延ばして行ける

ラスベガスではショッピングとエンタメ、グランドサークルの大自然でリフレッシュ(アメリカ)

どこに行くかに悩みがちなハネムーン。大自然を見ながら心も体もリフレッシュしたいと思う人もいれば、ショッピングやエンタメを楽しみたい人もいるでしょう。そこで編集部がおすすめするプランは、ラスベガスを基点にして「グランドサークル」と呼ばれるアメリカ西部の国立公園エリアを周遊する旅です。

ラスベガスはカジノだけではありません。泊まってみたくなるテーマホテルの数々。シルク・ド・ソレイユをはじめとするエンタメ。そして高級ブランドが入る大型モールから郊外のアウトレットモールまで、ショッピングも大満足。現在はカップルや家族も楽しめる街なのです。

このラスベガスを基点としてツアーやレンタカーで行けるのが、ダイナミックな大自然の景観を満喫できる「グランドサークル」エリアです。ここには日本では到底見ることができないスケールの峡谷グランドキャニオン、波打つような岩の造形のアンテロープ・キャニオン、そしてパワースポットとしても名高いセドナなどがあります。都会のラスベガスと組み合わせると旅に変化がつき、すてきなハネムーンになるでしょう。

 

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ラスベガス政府観光局
https://www.visitlasvegas.com/ja/

グランドサークル(ユタ州観光局)
https://utah.com/itinerary/grand-circle-tour

グランドキャニオン国立公園
https://www.nps.gov/grca/index.htm

 

ベネチアのグランド・カナル(大運河)。ここから多くの小さな運河が枝分かれしている(イタリア)

水の都ベネチアで、ロマンチックな時間を過ごす(イタリア)

車が通れない細い路地を歩いていると突然、広場や運河に架かる橋に出る。目を落とすと、人を乗せたゴンドラが運河を行き交う…。そんなロマンチックな風景が目の前に広がるのがベネチアです。ここは千年にもわたるベネチア共和国の都として繁栄した「水の都」。歴史的な建物から一級の芸術品まで満喫できるこの都市は、ハネムーナーに人気の旅先です。

ベネチアの町歩きは、歴史を感じさせるカフェが並ぶサン・マルコ広場から始まります。広場正面にあるサン・マルコ寺院は、11世紀に建てられたビザンチン建築の傑作。他にも総督が住んでいたドゥカーレ宮殿、リアルト橋、ベネチア派絵画を集めた美術館など見どころは多いですが、やはりベネチアではロマンチックな街の散策が一番印象に残るでしょう。

旅のベストシーズンは春から秋にかけての4〜9月。ただし7〜8月は非常に混み合うのでできれば避けたほうがいいでしょう。連泊するなら、世界遺産のドロミテ渓谷への日帰りツアーもおすすめです。

 

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イタリア政府観光局
http://visitaly.jp/

ベネチア観光局
http://www.venice-tourism.com/en

 

 

一生の思い出となるハネムーン。できれば失敗したくないですが、あまり思いが強すぎると旅先で疲れてしまいます。ただでさえ気が張ってしまう海外。欲張りすぎず、ゆるい日程で回るのが成功の秘訣です。また、行き先選びで大事なのは旅の季節。写真をいっぱい撮るからにはベストシーズンを狙いましょうね。

 

 

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一生モノ 関連リンク
グラナダhttps://issyoumono.com/products/515.html
セビーリャhttps://issyoumono.com/products/526.html
スペイン観光局 公式サイトhttps://www.spain.info/ja/
パラドール公式サイトhttps://www.parador.es/en
スペインのパラドールのサイトだが、日本のホテル予約サイトからも予約ができる

 

 

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

201902/19

伝説のアトランティス 火山爆発により形作られたサントリーニ島へ

サントリーニ島の旧港。崖上にあるのはフィラの町

今まで世界を旅し、いろいろな海を見てきました。その中でも独特の色を持っているのが地中海です。熱帯の海にはない、少し黒みを含む深い青さ。映画『グラン・ブルー』で憧れた、あの青さです。ギリシャのエーゲ海にあるサントリーニ島は、その海の青と建物の白のコントラストがまるで芸術品のような景観を作り出しています。その美しさから観光で知られる島ですが、ここはアトランティス伝説の舞台とも言われています。今回はそんな伝説の島への旅を送ります。

断崖がある絶景。エーゲ海に浮かぶサントリーニ島

ギリシャ本土とトルコのアナトリア半島の間に広がるエーゲ海。その海域に散らばるキクラデス諸島南部に位置するのが、サントリーニ島です。断崖の上にある白い町からの眺望がすばらしいことから、ギリシャの中でも特に人気の高い島です。日本での知名度も高く、CMのロケ地に使われたこともあります。しかし私が行こうと思ったのは、絶景もさることながらアトランティス伝説との関係を知っていたからでした。

島の東側にあるカマリビーチ。砂浜の黒砂は火山岩が砕けたもの

夏の観光シーズンが始まる前の5月、私はミコノス島の滞在を楽しんだ後、フェリーでサントリーニ島へ向かいました。島が近づいてくると、目の前に急な断崖が迫ってきます。島の中心となる町フィラは崖の上にあり、船着場からの高低差は250m。昔はきつい階段を歩いて登るか、ロバに荷物を載せて運ぶしかなかったようですが、今ではバスやタクシー、ケーブルカーでも行けます。心配しましたが、まだ観光シーズン前なのでホテルが満室ということはありませんでした。私はひとまず荷物を部屋に置き、外へと飛び出しました。

大きな島の中央部分が噴火により陥没し、海になってしまったことがわかる

プラトンが書き記したアトランティス伝説とは?

サントリーニ島は細長い三日月型をした島で、その三日月の内側の部分が断崖になっています。この断崖は火山の噴火により島の中央が陥没してできたもの。つまり現在のサントリーニ島は大きなカルデラの外縁部なのです。

古代ギリシャの哲学者プラトンがその著作の中で記したアトランティスの話をしましょう。プラトンの時代(前4世紀前後)よりさかのぼること9000年前、大西洋にアトランティスという大きな島(大陸)があり、海神ポセイドンの血を引く人々の国が栄えていました。しかしやがてアトランティスの人々は傲慢になり、領土の拡大を目指します。アテナイ(アテネ)はギリシャ諸国と連合してかろうじて勝利しますが、その直後、アトランティスは神々の罰を受け、地震と津波で一昼夜にして海中に水没してしまいます‥。

アトランティスという島が本当にあったかどうかは、歴史学ではプラトンの創作だろうと考えられていました(プラトン以外に出典がないため)。しかしサントリーニ島で起きた火山の大爆発がわかると、これがアトランティス伝説のもとになったのではないかという学説が生まれたのです。

サントリーニ島の古代ティラの遺跡。これはミノア文明よりずっと後の、古代ギリシャ〜ローマ時代の町の遺跡

サントリーニ島に残るミノア文明の遺跡

サントリーニ島の火山噴火が起きたのは、紀元前1610年ごろ。これは世界でも千年に一回という大噴火で、エーゲ海一帯に大変な災禍をもたらしたようです。当時、エーゲ海ではクレタ島のミノア文明が栄えていました。サントリーニ島にもミノア文明時代のアクロティリ遺跡があります。これはフィラの町から10kmほど離れた場所にある町の遺跡ですが、すっかり火山灰に覆われていました。ここからは「ボクシングをする少年」「百合とツバメ」といった、ミノア文明を代表する壁画が発掘されています。この遺跡から遺体や貴金属が見つからなかったことから、噴火は突然ではなく住民は避難していたようです。それから半世紀後、ミノア文明は突然滅びますが、この大噴火との因果関係はわかっていません。

イアの町からの眺め。空と海と教会のドームの青が調和している

崖上の町から見る夕暮れのエーゲ海

崖上にあるフィラの町を歩くと、眼下にすばらしいエーゲ海が見渡せました。通りにはホテル、カフェ、レストランがびっしりと並んでいます。一ヶ月後のバカンスシーズンを控え、壁のペンキを塗り直したり、店の改装をしたりしている姿も見られました。

フィラの町から島の北端の小さな町イアへは、バスで約30分。バスを降り白壁の家々が続く細い道を行くと、サントリーニ島の写真によく使われている青ドーム屋根の教会が見えてきました。確かに目の前にこの教会があると、眺望にはいいアクセントになりますね。

夕日に染まるフィラの町

昼間は深い青をたたえた海も、日が傾いてくるとその色を失っていきます。夕日に染まる島と海。その絶景を見ていると、かつてここであった大噴火やアトランティス伝説も、どこか現実離れしたできごとのように思えてきました。そしてふと、自分がずいぶん遠くへ来てしまったという思いがよぎりました。

 

ギリシャ有数の観光の島サントリーニ島。夏になればクルーズ船が次から次へと停泊し、ビーチは観光客であふれ、ホテルは満室となる人気の観光地です。そんな場所なので、紀元前に島の形が変わるほどの大災害があったとはなかなか想像がつきません。しかしざっくりと削られた断崖を見ていると、確かに大自然の破壊力の大きさを感じます。そんな自然と伝説をめぐる旅もまた、“一生モノの旅”なのです。

 

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

201902/08

歴史好きの海外旅行 エーゲ海に浮かぶクレタ島への歴史と神話の旅

イラクリオンへ向かう船。エーゲ海の各島間を定期船が就航している

イラクリオンへ向かう船。エーゲ海の各島間を定期船が就航している

私が世界各地を旅行していてうれしいのは、世界史の教科書で学んだ場所に実際に行けることです。私は古代史好きだったので、ギリシャへの旅はとてもワクワクしたものでした。それに子供の頃からギリシャ神話に親しみもありました。なかでも印象深い神話に、牛頭人身の怪物ミノタウロスと迷宮ラビリンスの話があります。今回紹介するのは、その神話の舞台となったクレタ島への旅です。実際のクノッソス宮殿に立つとは、子供時代の私は夢にも思わなかったことでしょう。

クノッソス宮殿跡。これは後世の復元部分だが、当時の様子が想像できる

クノッソス宮殿跡。これは後世の復元部分だが、当時の様子が想像できる

クレタ島の中心都市イラクリオン

クレタ島は東地中海に浮かぶ東西約200kmの細長い軍艦のような形をした島で、面積は日本の兵庫県ぐらい。エーゲ海最大の島です。アテネから島づたいにエーゲ海を南下していた私は、サントリーニ島から船に乗り、クレタ島のイラクリオンに到着しました。イラクリオンはクレタ島最大の都市で、人口約18万人。小さな町を想像していましたが、船から見える街並みは意外にも近代的でした。ここに来た一番の目的は、もちろんクノッソスの宮殿跡を見るためです。ただし訪問は翌日にし、その日はイラクリオンの街を歩いてみました。

イラクリオンの町を築いたのは、9世紀にクレタ島に侵入したアラブ人たちです。その後、13世紀初頭にヴェネチア共和国が占領して現在も残る城塞を築き、地中海交易の拠点としました。17世紀には力をのばしていたオスマン帝国の領土となりますが、20世紀にギリシャの一部として独立を果たします。

イラクリオンの旧港にあるヴェネチア時代の要塞

イラクリオンの旧港にあるヴェネチア時代の要塞

町は新市街と旧市街に分かれていますが、私は見どころが多い旧市街に宿を取り、町を散策しました。旧市街にある旧港に立つと、向かいに16世紀に建てられたヴェネチア時代の要塞が見えます。その後、街中を歩くと、クレタ島で最大の教会という聖ミナス大聖堂に出ました。建てられたのは19世紀のオスマン帝国時代です。ギリシャはキリスト教でも西欧とは異なるギリシャ正教会の国。建物や中の雰囲気も西欧とは異なります。たとえばギリシャ正教会では三次元の聖像は禁止されているため、ここでも二次元のイコン画が祭壇に飾られていました。

イラクリオン旧市街にある聖ミナス大聖堂

イラクリオン旧市街にある聖ミナス大聖堂

ギリシャ神話の中の迷宮(ラビリンス)

まずはギリシャ神話に登場するクノッソスを紹介しましょう。ギリシャの主神ゼウスとテュロス王の娘エウロペ(ヨーロッパの語源はここから)の間に生まれたミノスは、成長してクレタ島の王になりました。その時、ミノスは王位継承の証として生贄となる牡牛が必要になり、海神ポセイドンにその牡牛を願います。ポセイドンはそれに応じて海から牡牛を送りますが、牡牛があまりにも美しかったため、ミノスは別の牡牛を生贄に捧げてしまいました。怒ったポセイドンは、罰としてミノスの妻パシパエが牡牛に欲情を抱くようにします。その結果、パシパエと牡牛の間に牛頭人身の怪物ミノタウロスが誕生するのです。困ったミノス王は名工ダイダロスに命じ、入ったら出られない迷宮ラビリンスを造らせ、そこにミノタウロスを閉じ込めました。

時が流れ、ミノス王との戦いに負けた都市アテネは、数年ごとに少年少女7人ずつをミノタウロスへの生贄として貢いでいました。その何回目かのグループに入っていたのが、英雄テセウスです。ミノス王の娘アリアドネはテセウスに一目惚れし、彼を助けようとダイダロスから脱出方法を聞き出します。そしてアリアドネはテセウスに短剣と魔法の糸の片方を渡し、自分はもう片方を持ちました。迷宮に入ったテセウスはミノタウロスを短剣で倒し、糸を手繰りながら出口に無事戻ります。これがクノッソスの迷宮の神話です。その後の登場人物たちの運命も面白いので、この先はギリシャ神話をぜひ読んでくださいね。

ヨーロッパ最古の文明と言われるミノア文明

さて今度は神話ではなく、「ヨーロッパ最古の文明」とも言われる歴史上の「ミノア文明」についてです。文明の名前は、先に紹介した神話の「ミノス王」から名付けられました。この文明がクレタ島に栄えたのは、紀元前2000年ごろから紀元前1400年ごろのこと。エーゲ海の他の島だけでなく、エジプトやフェニキアなどの遠方とも海洋交易を行っていたクレタ島の諸都市の中でも、最大のものがクノッソスでした。この宮殿には城壁がなく、侵略をほとんど受けることがない平和な時代が続いていたといわれています。ただし強大な海軍は持っていたようです。宮殿には巨大な貯蔵庫があり、各地からの物資を再分配していました。文字は線文字Aが使われていましたが、この文字はいまだ未解読なので詳しいことはわかっていません。

繁栄したミノア文明ですが、前15世紀頃に突然崩壊します。原因は大地震や自然破壊の影響など諸説ありますが、はっきりしていません。ギリシャ本土のミケーネ人が侵入したのかもしれません。前1375年頃、クノッソス宮殿は焼失し、ミノア文明は滅びます。

高台にあるクノッソス宮殿跡

高台にあるクノッソス宮殿跡

クノッソス宮殿に立つ

イラクリオンからバスで約30分、私はクノッソス宮殿の遺跡に到着しました。宮殿の大きさは一辺約160m。宮殿は神話の「迷宮」を連想するように1200とも言われる部屋が並び、高い部分は4階建てだったそうです。しかしクノッソス宮殿は前述したように大火災で焼失したので、残っているのはほとんどが土台の部分だけ。なので想像力を働かせても、なかなか当時の姿をイメージすることは難しいです。また修復が少々イージーで、再現されて着色された柱などはコンクリート製でした(当時はたぶん木材だった)。遺跡にある壁画もすべてレプリカで、本物はイラクリオンにある考古学博物館にあります。なので、そちらを先に見てから遺跡を訪れるのもいいでしょうね。

宮殿にあったフレスコ画には、のちの古代ギリシャのような武力を誇示する男臭いものはありません。「パリジェンヌ」と名付けられたカールした髪型の女性や、のびやかな「牛の上のアクロバット」など、明るく華やかな表現のものが多いです。

クノッソス宮殿を見学する人々。遺跡にある壁画はすべてレプリカで、本物はイラクリオンの考古学博物館にある

クノッソス宮殿を見学する人々。遺跡にある壁画はすべてレプリカで、本物はイラクリオンの考古学博物館にある

クノッソス宮殿には多くの観光客が来ていました。みな神話のラビリンスを想像していたのでしょうか。セミが鳴くギリシャの初夏、私は遺跡に立ち、3500年前にここに生きた人々の姿をしばし夢想しました。

ギリシャ神話の中のクノッソスの宮殿は、ミノタウロスの恐ろしい姿もあり、どこかおどろおどろしい印象がありますが、実際のクノッソスはその逆で陽性の雰囲気を感じました。神話とは異なり、実際には専制君主的な王もいなかったようです。そもそもミノア文明は、神話が作られた時代よりも1000年あまり古い時代の文明だったので、神話とは別物だったのでしょう。そんなことを本やネットの中の知識でなく、現地に立って肌で体験できるのも“一生モノ”の旅ですね。

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

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この記事を書いた人前原 利行

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