201904/01

“一生モノ”となる新婚旅行はどこ? 編集部が選んだハネムーン先5選

グラナダのアルハンブラ宮殿と市街。パラドールは宮殿の敷地内にある(スペイン)

そもそもどこに行くにせよ、ハネムーン自体が“一生モノの旅”であることにはまちがいありません。行く場所は本来それほど重要ではないのです。しかし今回はあえて「こんな旅もできます」という提案をしてみます。実はここで紹介する5つの旅はすべて、実際に編集部の知り合いが行ったハネムーンの中から評判が良かったものから選びました。こんな新婚旅行先もあると、あなたのハネムーンの参考にしてみてはいかがですか?

スペインの宮殿ホテルに泊まる。異国情緒たっぷりのアンダルシア(スペイン)

マドリッドやバルセロナなどの大都市も楽しいスペインですが、ハネムーナーへのおすすめは、落ち着いた雰囲気が漂う地方都市です。とりわけスペイン南部のアンダルシア地方は、かつてのアラブ文化の名残りもあり、雰囲気抜群。私たちがスペインと聞いてイメージするフラメンコと闘牛も、実はアンダルシアが発祥の地なのです。町に着いてしまえば、その中心部はほぼ徒歩圏なので移動の心配もありません。正味一週間ほどあれば、アンダルシアの代表都市を回ることもできるでしょう。

さて、せっかくのハネムーン。ならば泊まってみたいのが、宮殿や古城、修道院などの歴史的建造物を利用した「パラドール」です。アンダルシア人気の都市グラナダのパラドールは、アルハンブラ宮殿の敷地内にあります。なのでそこへの宿泊は、まさに一生の思い出になるでしょう。ほかにもヌエボ橋の眺望で有名なロンダにあるパラドールは、橋のすぐ脇にあり宿泊料金も手頃でおすすめです。

 

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スペイン
Parador de Granada

 

 

エーゲ海のミコノス島の丘上に並ぶ風車(ギリシャ)

青い海と白い壁の町。エーゲ海の島々をフェリーで回る(ギリシャ)

エーゲ海には多くの島々があり、4〜9月のシーズン中はフェリーが頻繁に行き来しています。この半年間は雨も少なく、エーゲ海のすばらしい「青」が堪能できるのでハネムーンに検討してみてはいかがでしょうか。ギリシャの島々の滞在は何も豪華ホテルに泊まる必要はなく、ハネムーンでも青い空と海が見えるテラス付きの客室でのんびりと過すだけで十分なのです。

断崖絶壁の上に町があるサントリーニ島では、白壁の町と青い海のコントラストが堪能できます。とりわけ崖上から見るエーゲ海のサンセットはふたりの一生の思い出になるでしょう。作家の村上春樹氏が滞在し、『ノルウェイの森』を執筆していたのがミコノス島です。家々の壁が白一色で統一されたミコノスタウンの散策は心地よく、湾沿いのレストランで丘上の風車を見ながらのんびりと食事をするのもいいでしょう。そのほかにも、迷宮伝説が残るクレタ島、騎士団領だったロドス島もハネムーナーにおすすめの島です。

 

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ギリシャ政府観光局http://www.visitgreece.gr/

 

 

ジャイプルにある宮殿ホテルのランバーグパレス。ライトアップされた庭(インド)

ラジャスタンの宮殿ホテルでマハラジャの栄華を体験する(インド)

「インドはハネムーナーにはハードルが高い」と考えている方は多いでしょう。しかしインドは世界的な大富豪も数多く輩出している国。豪華なホテルやレストランもあり、さまざまなタイプの旅行ができます。そこで編集部からのおすすめは、宮殿ホテルでの滞在です。インドには、独立まで「藩王」とも呼ばれるマハラジャが統治している地域がありました。そのマハラジャの宮殿が現在はホテルになっているのです。

宮殿ホテルが多いのはインド北西部のラジャスタン州です。州都ジャイプルにあるランバーグパレスはマハラジャの邸宅を改装したホテルで、室内の調度品からレストランや庭園といった施設にいたるまで、すべてがゴージャス。ジョードプルのウメイドバワンパレスは現在も建物の一部に藩王の一族が住んでおり、ここも建築や内装は一級品です。ハネムーンにぴったりなのが、湖上に浮かぶ島がそのまま宮殿ホテルになっているウダイプルのレイクパレスでしょう。こうした宮殿ホテルに泊まり、ふたりでマハラジャ、マハラニ気分を味わってみてはいかがでしょうか? きっと忘れられない思い出になりますよ。

 

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ランバーグパレス
https://www.tajhotels.com/en-in/taj/rambagh-palace-jaipur/

ウメイドバワンパレス
https://www.tajhotels.com/en-in/taj/umaid-bhawan-palace-jodhpur/

レイクパレス
https://www.tajhotels.com/en-in/taj/taj-lake-palace-udaipur/

 

 

こんな雄大なグランドキャニオンも、ラスベガスから足を延ばして行ける

ラスベガスではショッピングとエンタメ、グランドサークルの大自然でリフレッシュ(アメリカ)

どこに行くかに悩みがちなハネムーン。大自然を見ながら心も体もリフレッシュしたいと思う人もいれば、ショッピングやエンタメを楽しみたい人もいるでしょう。そこで編集部がおすすめするプランは、ラスベガスを基点にして「グランドサークル」と呼ばれるアメリカ西部の国立公園エリアを周遊する旅です。

ラスベガスはカジノだけではありません。泊まってみたくなるテーマホテルの数々。シルク・ド・ソレイユをはじめとするエンタメ。そして高級ブランドが入る大型モールから郊外のアウトレットモールまで、ショッピングも大満足。現在はカップルや家族も楽しめる街なのです。

このラスベガスを基点としてツアーやレンタカーで行けるのが、ダイナミックな大自然の景観を満喫できる「グランドサークル」エリアです。ここには日本では到底見ることができないスケールの峡谷グランドキャニオン、波打つような岩の造形のアンテロープ・キャニオン、そしてパワースポットとしても名高いセドナなどがあります。都会のラスベガスと組み合わせると旅に変化がつき、すてきなハネムーンになるでしょう。

 

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ラスベガス政府観光局
https://www.visitlasvegas.com/ja/

グランドサークル(ユタ州観光局)
https://utah.com/itinerary/grand-circle-tour

グランドキャニオン国立公園
https://www.nps.gov/grca/index.htm

 

ベネチアのグランド・カナル(大運河)。ここから多くの小さな運河が枝分かれしている(イタリア)

水の都ベネチアで、ロマンチックな時間を過ごす(イタリア)

車が通れない細い路地を歩いていると突然、広場や運河に架かる橋に出る。目を落とすと、人を乗せたゴンドラが運河を行き交う…。そんなロマンチックな風景が目の前に広がるのがベネチアです。ここは千年にもわたるベネチア共和国の都として繁栄した「水の都」。歴史的な建物から一級の芸術品まで満喫できるこの都市は、ハネムーナーに人気の旅先です。

ベネチアの町歩きは、歴史を感じさせるカフェが並ぶサン・マルコ広場から始まります。広場正面にあるサン・マルコ寺院は、11世紀に建てられたビザンチン建築の傑作。他にも総督が住んでいたドゥカーレ宮殿、リアルト橋、ベネチア派絵画を集めた美術館など見どころは多いですが、やはりベネチアではロマンチックな街の散策が一番印象に残るでしょう。

旅のベストシーズンは春から秋にかけての4〜9月。ただし7〜8月は非常に混み合うのでできれば避けたほうがいいでしょう。連泊するなら、世界遺産のドロミテ渓谷への日帰りツアーもおすすめです。

 

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イタリア政府観光局
http://visitaly.jp/

ベネチア観光局
http://www.venice-tourism.com/en

 

 

一生の思い出となるハネムーン。できれば失敗したくないですが、あまり思いが強すぎると旅先で疲れてしまいます。ただでさえ気が張ってしまう海外。欲張りすぎず、ゆるい日程で回るのが成功の秘訣です。また、行き先選びで大事なのは旅の季節。写真をいっぱい撮るからにはベストシーズンを狙いましょうね。

 

 

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一生モノ 関連リンク
グラナダhttps://issyoumono.com/products/515.html
セビーリャhttps://issyoumono.com/products/526.html
スペイン観光局 公式サイトhttps://www.spain.info/ja/
パラドール公式サイトhttps://www.parador.es/en
スペインのパラドールのサイトだが、日本のホテル予約サイトからも予約ができる

 

 

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

201903/11

街中が大盛り上がり スペイン東部の都市バレンシアの火祭り

こんな立派なファジャ(張り子人形)も最終日には燃やされてしまう

世界各地で行われている、郷土色豊かなお祭り。名所旧跡だけではなく、そうしたお祭りを見に行く旅というのもなかなか楽しいものです。お祭りの期間中は、街も人々もいつもと違い興奮気味。そして有名な祭りであれば、それを見にやってくる観光客も少なくありません。そうした内外の人々が一体になった独特の高揚感が得られるお祭りは、忘れられない思い出になります。今回はそんな中から、スペインの春を告げる祭りとして有名なパレンシアの火祭りを紹介しましょう。

火祭りが行われる守護聖人ホセの日

毎年3月15日から19日までの5日間、スペイン東部の都市バレンシアで町をあげて行われるこのお祭りは、日本では「バレンシアの火祭り」または「サン・ホセの火祭り」の名で知られていますが、スペイン語では単に「ファジャス Las Fallas」、バレンシア語なら「ファジェス」といいます。「ファジャ」とは、中世バレンシア語で「たいまつ」を意味していたそうですが、現在はこの火祭りそのもの、あるいは飾られる張り子の人形を指します。

期間中は市内の各所に、大小様々な張子の人形(ファジャ)が飾られます。大きいものは10m以上。人形の題材は伝統的なものから、風刺的なもの、その年を代表するものなどさまざま。年によっては、日本のアニメ作品のキャラクターが登場したこともあるとか。しかしせっかく作ったこれらの立派な人形も、最終日には惜しげもなく燃やされてしまうのです。

子供向けの小さなファジャ(張り子人形)もある

この祭りの起源は、かつて冬が明けた3月に大工職人が古道具などを燃やしていたことと、大工の守護聖人であるサン・ホセの日(3月19日)が結びついたからといいます。「ホセ」はイエスの義父であるヨセフのスペイン語名。イエスの一家の家業は大工でした。なのでホセ(ヨセフ)は大工の守護聖人なのです。

中世に栄えたバレンシアの町を散策

春先にスペイン行きを考えた時、私が是非とも見たいと思ったのが、この火祭りでした。そこで日程をうまく調整し、その期間中にバレンシアを訪れることにしたのです。

最終日は宿が取れなくなると聞いていたので、私は初日の3月15日にバレンシア入りし、値段の安い古びたペンションを見つけて荷を降ろしました。滞在していた5日間のうち、私は2日間を郊外(テルエルとクエンカ)の日帰り観光に、あとはバレンシア市内の見どころや祭りの見物をしていました。

中心部にあるカテドラルは、14世紀に完成したゴシック様式の教会です。「ラ・ロンハ」は15世紀末にゴシック様式で建てられた商品取引所の建物で、世界遺産に登録されています。2つとも当時のバレンシアの繁栄を示しています。ラ・ロンハの中庭のオレンジの木に実がなっていたので「これが有名なバレンシア・オレンジ」と思いましたが、後で調べたらバレンシア・オレンジの原産地はアメリカのカリフォルニアで、まったく関係ありませんでした(笑)。

商品取引所として建てられたラ・ロンハは世界遺産にも登録されている歴史的な建物

お祭り期間中の町の様子は…

町はこの5日間は完全にお祭りモードで、闘牛場も開いていました。スペインの闘牛シーズンは、このバレンシアの火祭りが幕開けとなります。つまりバレンシアではその年、どこよりも早く闘牛が見られるのです。また街中ではあちこちで、大きな鍋のパエリアが作られていました。おいしそうですがこれは近所の寄り合い用で、販売用ではありません。スペイン料理で有名なパエリアですが、その本場はこのバレンシアなのです。私は仕方なく、屋台のパエリアで我慢しました。

伝統衣装を着た女性たちによるパレードが、毎年2日間に渡って行われる

張り子の人形は3月15日から市内各所で飾り付けられます。これは大きな大人用のものと、小さな子供向けのものがあります。また、3月17・18日の16時からは街中で、民族衣装を着た女性や小さな女の子たちによるパレードも行われました。そしていよいよ最終日の夜になります。

これは子供向けの小さなファジヤを燃やすところ。これが終わったら子供は寝かせられる

祭りのハイライトは、張り子人形を燃やす「クレマ」


張り子の人形に火を燃やすイベントは「クレマ」と呼ばれ、日にちが変わる19日の24時に行われます。メインの張り子は市役所前に置かれていますが、かなり早い時間からもう人でいっぱいです。そこで私は、昼間に目をつけておいた小さな広場にある張り子のほうに陣取りました。

まずは22時になると、子供向けの小さな張り子が燃やされます。これが終わると子供は家に引き上げます。そして24時になるとメインの大人向けの人形が燃やされます。といってもピッタリの時間ではなく、各地区を回っている消防隊の到着を待ってからのこと。私は前の方に陣取っていましたが、これが大変でした。火をつけられた人形は紙と木でできていることもあり、みるみる燃え上がっていきますが、これがとても熱いのです。火の勢いに見物客はおもわず後ずさり。火の粉も降ってきて、悲鳴も聞こえます。そこでホースを持った消防士はどうするかというと…、消すのではなく見物客に水をかけるのです(笑)。もちろん本気の量ではありませんが、「水!水!」の掛け声が出るほど、本当に熱かったです。私が見ていたところは建物に囲まれた狭い広場で、そこに炎が10メートル近く上がるので、周囲が火事になる危険は確かにあるなと思いました。やがて人形が燃え尽きてくると、消防士が放水して鎮火。これでクレマは終了です。人々は散り散りになり、そのまま朝まで飲むのか、それとも1時に行われる市役所前のクレマに行くのでしょう。

この夜、とにかく町を歩く人々の顔にはみな高揚感が漂っており、こう書いていても興奮するイベントでした。

 

 

その夜私は途中で意気投合した日本人旅行者たちと深夜3時ぐらいまでバルで呑みました。私はその後、宿に帰って寝ましたが、宿が取れなかった旅行者は駅で夜明かししていたようです。翌朝、外に出てみると町はゴミだらけでした。きっとかなりの数の人たちが、夜遅くまで遊んでいたんでしょうね。このバレンシアの火祭り、私にとっては飛び切りのエキサイティングな体験になりました。あなたも参加すれば、“一生モノの旅”になるかもしれませんよ。

 

 

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バレンシアの火祭り
毎年3月15〜19日に開催。期間中はホテルが取りにくくなるので早めの予約を。また料金も特別料金で値上がりする。日帰りできる近隣の町に宿を取るのもいい。

 

 

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

201901/11

ヨーロッパの中でアラブを感じさせる「グラナダのアルハンブラ宮殿」[海外旅行 スペイン]

アルハンブラ宮殿の全景を見るなら、向かいのアルバイシンの丘から

アルハンブラ宮殿の全景を見るなら、向かいのアルバイシンの丘から

スペインのグラナダには、世界遺産にも登録されているエキゾチックな宮殿「アルハンブラ」があります。私はこの宮殿を何度か訪れたことがありますが、いつ訪れても異なった表情がありました。“ヨーロッパの中のアラブ”を感じさせる場所。今回はアルハンブラ宮殿への歴史の旅です。そんな遠い過去との対話ができるのも、“一生モノの旅”かもしれませんよ。

イスラーム教徒最後の拠点・グラナダの陥落

スペイン南部のアンダルシア地方。対岸はもうアフリカで、スペインの中でも特に暑くて乾燥している地域です。私たちが「スペイン」と聞いてイメージが浮かぶフラメンコや闘牛も、実はこのアンダルシア地方が発祥の地なのです。

このアンダルシア地方にあるグラナダは、8世紀のアラブ軍の占領から15世紀末のキリスト教徒の軍による陥落までの約780年間、イスラーム教徒の王のもとに統治されていました。これは現在に続くその後のキリスト教徒の時代よりも長いのですよね。イベリア半島最後のイスラーム王朝となったナスル朝(グラナダ王国)が、カスティーリャとアラゴンの連合王国(後のスペイン)の前に降伏したのは1492年のこと。これにより長年続いた国土回復運動(レコンキスタ)が終了します。またこの年は、コロンブスが新大陸に到達した年でもありました。以降、スペインは大帝国を築いていくのです。

グラナダの町を見下ろすアルハンブラ宮殿

夏の離宮であるヘネラリフェ

夏の離宮であるヘネラリフェ

アルハンブラ宮殿はイスラーム教のナスル朝の宮殿です。13世紀、ナスル朝初代の王ムハンマド1世は、グラナダ市街を見下ろすこの丘に宮殿を建設し始めます。その後、貿易などによって得た富をそそぎ込み、増築や改修が繰り返されました。現在の宮殿の建物は、14世紀のナスル朝全盛期のユースフ1世との息子のムハンマド5世の時代のものが多いようです。グラナダ陥落後もこの宮殿は破壊されず、スペイン国王の所有物となりました。

城壁内の敷地にはこの宮殿以外にも、城塞のアルカサバ、スペイン時代に建てられたカルロス5世宮殿、バルタル庭園、パラドール(宮殿ホテル)などがあります。また隣の丘には、夏の離宮のヘネラリフェがあります。ただし観光の目玉になるのは、やはりイスラーム美術のすばらしさを堪能できるナスル朝の宮殿です。これはひとつの大きな宮殿のように見えますが、実際はつながった3つの建物から成っています。

宮殿の応接エリアとなるメスアール宮とコマレス宮

コマネス宮にあるアラヤネスのパティオ

コマネス宮にあるアラヤネスのパティオ

宮殿の入り口となるのが、宮殿でもっとも古い部分の「メスアール宮」です。ここは接見や応接に使われていたエリアで、入ってすぐの「メスアールの間」もそのような場所でした。そこを抜けると「メスアールのパティオ(中庭)」に出ます。宮殿の3つの建物は、パティオを中心にその周りを建物が取り囲むという共通の造りです。このパティオから先は、王族のプライベートな空間になっていました。

宮殿の応接部分にあるメスアール宮のパティオ

宮殿の応接部分にあるメスアール宮のパティオ

建物を通り抜け次に進むと、「アラヤネスのパティオ」を中心とした「コマレス宮」に出ます。アルハンブラ宮殿の紹介でよく見る「池に塔が映っている写真」は、ここで撮られたものですね。その塔の下にあるのが、王が外国の使節と謁見した「大使の間」です。ナスル朝最後の王ボアブディルもグラナダを明け渡す際、ここでカトリック両王の使節に会ったといいます。そんな姿を想像しながら見学してみましょう。塔の内側は高い天井空間になっており、その見事な寄木細工は必見です。

ライオンのパティオとライオン宮

ライオン宮のパティオ。手前がアベンセラスの間の水盤

ライオン宮のパティオ。手前がアベンセラスの間の水盤

ナスル朝の宮殿のハイライトとなるのが、一番奥の「ライオン宮」です。 これは王とその家族が住むプライベートな空間で、中庭の「ライオンのパティオ」を囲んで部屋が並んでいます。パティオの中央にある「ライオンの噴水」から四方に延びた水路が各部屋に続いており、グラナダの夏の暑さを和らげています。現在はこのパティオには大理石が敷かれていますが、ナスル朝時代には花が咲き乱れていたといいます。確かに今の姿は、住むには殺風景ですね。

パティオの南側にある「アベンセラスの間」には、血なまぐさい伝説が残っています。アベンセラス家は王宮で政治力を持つ一族でした。その一族のある男性が王の愛妾と通じたとして、ここで一族36人が殺されたというのです。もっともこれはこの部屋の水盤に血の痕のような赤サビがあることから、後付けで作られた話かもしれません。東側の「諸王の間」は、天井にナスル朝の10人の国王の肖像画が描かれていたことからついた名前で、王の寝室を含むいくつかの小部屋に分かれています。

二姉妹の間とアーヴィングの小部屋

二姉妹の間の装飾。鍾乳石飾りの装飾が美しい

二姉妹の間の装飾。鍾乳石飾りの装飾が美しい

パティオを挟み、アベンセラスの間の反対側にあるのが「二姉妹の間」です。宮殿でもっとも天井の鍾乳石飾りが素晴らしい部屋で、その装飾の精密さには息を呑むでしょう。ここはハーレムの一部で王妃が住んでいたと言われます。この部屋の奥にあるバルコニーは、ハーレムから出られない女性たちが、息抜きに下の「リンダラハのパティオ」を眺められるように造ったものとか。

この緑多いリンダラハのパティオに面して、「アーヴィングの小部屋」と名付けられた部屋があります。アメリカ人作家のワシントン・アーヴィングは、歴史書や地方の伝説をもとした小説などで知られますが、スペイン語も堪能で、アメリカ公使の書記官としてスペインに赴任したこともありました。その時、当時荒廃していたこの宮殿に滞在し、のちに紀行文・伝説集の「アルハンブラ物語」を発表します。これによりアルハンブラ宮殿は、世界的に一躍有名になるのです。

 

今では整備された公園のようなアルハンブラですが、ナスル朝時代には住居やモスク、市場などが敷地内にあり、2000人あまりが住む小さな町のようでした。アーヴィングのように夜の宮殿内をひとり歩くわけにはいきませんが、きっとまたスペインを訪れたら、私はまたアルハンブラを訪れるでしょう。そしてそっと、過ぎ去った歴史に耳を傾けてみるでしょう。

 

数百年前の姿を今もなお残すアルハンブラ宮殿。かつてスペインがイスラーム世界の一部だったことに気づかせてくれる場所です。宮殿の中を歩いている間、かつてここに住み、去らねばならなかった人々の気持ちを想像しました。庭園や建物を見ていると、そんな遠い過去のことが浮かんできます。そうした歴史との対話も、“一生モノの旅” でしょう。

 

[ DATA ]

アルハンブラ宮殿

[URL]   www.alhambra-patronato.es/
[アクセス]    グラナダのヌエバ広場から徒歩20分
[開場時間] (4/1~10/14)8:30~20:00、(10/15~3/31)8:30~18:00

※夜間開場もあり。要チェック。繁忙期の入場チケットは要予約

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

201811/23

未完成のうちこそ見ておきたい? 2026年に完成予定のサグラダ・ファミリア  [海外旅行 スペイン]

建設中のサグラダ・ファミリアを「生誕のファサード」側から見る(2015年撮影)

建設中のサグラダ・ファミリアを「生誕のファサード」側から見る(2015年撮影)

世界を旅するようになり、建築に興味を持つようになりました。ただ外観を見るだけでなく、解説などを読みながら見ると理解がより深まります。今回は有名すぎるとは思いますが、スペインのサグラダ・ファミリア聖堂を紹介しましょう。「一生に一度は見たい建物」のランキングでは、タージ・マハルと並んで常に上位にくる建物です。ただ、他の有名建築と違うのは、これがまだ「未完」ということなのです。

ガウディが生きているうちに完成した生誕のファサード

ガウディが生きているうちに完成した生誕のファサード

バルセロナが生んだ名建築家アントニ・ガウディ

スペインのガイドブックの表紙やバルセロナの町の紹介の画像に、必ずいってもいいほど使われるのがサグラダ・ファミリア聖堂です。トウモロコシのような形をした鐘楼が上にのびた姿は、他にないユニークな姿でしょう。世界遺産に登録され、スペインで最も人が訪れる観光地ですが、実はこの聖堂はまだ完成していません。今も建物の上部にはクレーンがあり建設が続いています。建設中なのに世界遺産に登録された建物は、おそらくこれぐらいでしょう。

この聖堂を設計したのは、バルセロナ出身の建築家アントニ・ガウディです。ガウディは19世紀末から20世紀初頭にかけて、多くのモデルニスモ建築を設計しました。「モデルニスモ建築」とは、同時期のフランスのアール・ヌーボー運動のように、自然のモチーフを取り入れ、曲線を多用した建築です。また、イスラム風の装飾を取り入れたムデハル建築の影響も受けています。19世紀後半、第二次産業革命で景気が良かったバルセロナでは、新興の産業資本家たちが建築家に最新のトレンドであるモデルニスモ建築を発注していました。なかでもガウディは人気の建築家で、グエル邸、グエル公園、カサ・ミラなどを手がけました。現在、サグラダ・ファミリア聖堂を含め、そのうちの7つが「アントニ・ガウディの作品群」として世界遺産に登録されています。

外光を明るく取り入れた聖堂の内部

外光を明るく取り入れた聖堂の内部

それまでにない斬新な設計に挑む

1882年に着工したサグラダ・ファミリア聖堂ですが、初代建築家が意見の対立ですぐに辞め、翌年にガウディが2代目の建築主任に就任しました。当時ガウディは31歳。ほぼ無名でしたが、設計を一からやり直し、世界でも類を見ない聖堂の建築を試みます。「サグラダ・ファミリア」とはスペイン語で「聖家族」のこと。教会にはイエス・キリストの生涯を表す「生誕」「栄光」「受難」の3つのファサード(建物の正面部分)を設け、それぞれに4本ずつ鐘楼がのびるスタイルをとりました。12使徒を表すその合計12本の鐘楼に、4人の福音記者を表す4本の塔、イエスとマリアの2つの塔を加えた全部で18本の塔が立つという、斬新な設計です。

サグラダ・ファミリア聖堂の建設資金は、寄付によって賄われていました。しかし資金難もあり、聖堂の建築は遅々として進みません。また、ガウディもその間に売れっ子になり忙しく、また度重なる設計変更もありました。ガウディは1914年以降、宗教建築以外の仕事を断り、ようやくサグラダ・ファミリアに専念し始めます。さらに1925年にはサグラダ・ファミリア内の仕事場に住まいを移しましたが、不幸にも翌1926年に市電にはねられたことが原因で亡くなります。73歳でした。ガウディの生前に完成していたのは、地下聖堂と生誕のファサードだけだったといいます。

「受難のファサード」が完成したのは1987年

「受難のファサード」が完成したのは1987年

聖堂完成までの長い道のり

ガウディの死後も建設は続けられますが、間もなく起きた世界大恐慌、スペイン内戦などにより、たびたび中断します。また、アトリエが火事になり設計図や模型が焼失したこともありました。それでも建設はゆっくりとですが進んでいました。その完成までのスローペースは、私が初めてサグラダ・ファミリアを訪れた1980年代には、「完成までにあと200年」と言われていたほどです。しかし2000年代に入り、作業が急ピッチで進みます。ローマ法王がここでミサを行ったり、世界遺産に登録されたりしたことが宣伝になり、多くの観光客が訪問。より多くの入場料収入と寄付が集まるようになったのです。また建築方法も最新の技術を取り入れるようになりました。

現在、聖堂の完成は、ガウディ没後100年の2026年を目指しています。完成すると中央に最も高いイエスの塔がそびえるので、印象は今とかなり変わることでしょう。未完の姿の印象が強いこの建物ですが、そのイメージが覆り、ガウディの夢がかなう日がまもなく来るのです。

 

実は私はこのサグラダ・ファミリア、5回ほど訪れています。行くたびに「あ、この部分が完成した」という楽しみがあるんですよね。だから完成してしまうのは、個人的には少し残念な気もします。自分が見たときとは外観が変わってしまうのですから。ふつう建物は完成してから見に行きたいと思うものですが、このサグラダ・ファミリアは例外かもしれません。そう考えると、「未完のサグラダ・ファミリアを見に行く旅」、今でしかできない“一生モノの旅”になると思いませんか?

 

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サグラダ・ファミリア
URL( www.sagradafamilia.org/ )
開:9:00〜19:30(11〜2月は〜17:30、3月・10月は〜18:30) 休:無休
料金:聖堂18ユーロ(ネット購入15ユーロ)

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

201811/18

スペインの夜はバルで! 美味しいお酒と小皿料理に舌鼓み [海外旅行 スペイン]

人気のバルは、夕食タイムにはすぐにいっぱいになってしまう

人気のバルは、夕食タイムにはすぐにいっぱいになってしまう

旅の楽しみは人それぞれ違います。ある人は名所・旧跡、ある人はショッピング、ある人はスポーツといろいろあるでしょう。そのなかでも、“食”が大きな楽しみという人も多いでしょう。かくいう私もここ数年、スペインのバル巡りが大きな楽しみになっています。バルは日本でいえばカフェと居酒屋を兼ねたようなところです。そこで食べる、お酒に合うおつまみや小皿料理は、病みつきになるほどおいしいですよ。今回は、そんなスペインバルの様子と料理を紹介します。一度食べれば、絶対また行きたくなりますよ!

 

スペイルンのバルはどんな感じ?

最近では日本でも増えてきたスペインバル。ただ、スペインではバルはそんなに洒落た店ばかりではありません。基本的には庶民的な店で、ひとつの店が時間によりカフェ、レストラン、居酒屋に変わるという感じです。朝は8時ぐらいからコーヒーやパンの朝食、昼は「メヌ」と呼ばれるランチセット、夜はお酒や夕食を提供します。夕食タイムにはきっちりとした料理を出す店もあれば、「タパス(単数系はタパ)」と呼ばれる小皿料理を酒のつまみに出す店もあります。これは料理かお酒かどちらがメインの店かにもよりますね。また食事の合間の時間でも、「ボカディージョ」というサンドイッチなどの軽食を食べることができます。

 

まずはバルに入ってドリンクをオーダー!

それではバルに行ってみましょう! まずはスペイン人の生活時間です。ランチタイムは14〜16時、ディナーは21〜23時と日本よりも2時間ほど後ろにずれています。バルにはテーブル席もありますが、安くて美味しい店はカウンターかスタンディングが中心というところも。人気のバルは、夕食時になると入れないくらいぎゅうぎゅうに混むこともあります。店に入ったらまずは店員に挨拶しましょう。特に席に案内されない場合は、自分で空いている席に座ってもOKです。

まずは飲み物からオーダーしましょう。ビールは「セルベッサ Cerveza」、ワインは「ビノ Vino」と言います。お酒に弱い人やグビクビと飲みたい人は、ビールをレモンソーダで割った「クラーラClara」も人気です。あとは、赤ワインをオレンジジュースで割った「サングリアSangria」、カタルーニャ産のスパークリングワイン「カバCava」もスペインではよく飲まれます。

「ハモン・イベリコ・ベジョータ」はスペインの生ハムの中でも一番高い逸品で、脂身が口の中で溶けていく

「ハモン・イベリコ・ベジョータ」はスペインの生ハムの中でも一番高い逸品で、脂身が口の中で溶けていく

タパスはどうやってオーダーする?

次にタパスです。お酒のつまみになるものが小皿で出てくるという点で、日本の居酒屋に似ていますね。注文は作り置きのものが並んでいる店ならそれを指差せばいいですし、メニューがある店もあります。カウンターなら中の店員に直接、離れていたら店員が近くに来た時に注文すればいいでしょう。おつまみのタパは、ふつうは有料ですが、アンダルシア地方、とくにグラナダなどではアルコールドリンク1杯に対して1つ無料で付いてくるという、お得なバルもあります。

私がスペインに着いたらいつも最初に食べるのがスペイン名物の生ハムです。いろいろ種類がありますが、有名なのは黒豚から作る「ハモン・イベリコJamon Iberico」。とくにドングリを餌にして育てたものは「ベジョータBellota」といい、お値段が高くなります。ふつうのバルであれば、種類はひとつしかないかもしれませんが、オーダーすると、台に固定された脚生ハムの塊をナイフで薄切りにして切り出してくれます。「チョリソChorizo」はハーブやスパイスを加えて作ったドライソーセージで、こちらも切って出してくれますね。

スペインのシシトウの「パドロン」を素揚げして塩をかけた「ピミエントス・デ・パドロン」

スペインのシシトウの「パドロン」を素揚げして塩をかけた「ピミエントス・デ・パドロン」

いろいろ頼んでみたいタパス。何がおすすめ?

どのバルでも見かける定番のおつまみとしては、日本のシシトウに似たパドロンを素揚げにした「ピミエントス・デ・パドロンPimientos de Padron」、かたくちいわしの酢漬けの「ボケロネス・エン・ビナグレBoquerones en Vinagre」などがあり、私もよく頼んでしまいます。

また、お腹にたまるものとしては、軽くトーストしたパンにトマトとニンニクを擦り付けた「パン・コン・トマテPan con Tomate」、コロッケの「クロケタスCroquetas」、ジャガイモなどの野菜が入ったオムレツの「トルティーリャTortilla」などがあります。ただしお店によっては量が多く、これらでお腹いっぱいになってしまうこともありますね。

ピンチョスはたいてい作り置きになっていて、注文すると温め直してくれる

ピンチョスはたいてい作り置きになっていて、注文すると温め直してくれる

タパスの別バリエーション「ピンチョス」

タパスの一種ともいえるのが「ピンチョス」です。「ピンチョ」とは「串」や「楊枝」という意味で、パンに具をのせて楊枝で刺した軽食です。もともとはスペイン北部のバスク地方のスタイルですが、今ではスペイン全国で見られるようになりました。たいてい作り置きになってテーブルに並んでいますが、注文すると温め直してお皿に載せて持ってきてくれますよ。合わせる食材や盛り付けは、店によってかなりバリエーションが異なります。

 

今回はスペインのバルで食べるタパスを紹介してみました。海外へ行く理由はいろいろあると思いますが、私にとって「食」は大きな動機であり楽しみです。旅先で偶然出会った料理が、何十年も経っても忘れられないこともあります。そんな“一生モノの味”を楽しみに、みなさんも旅に出てみてはいかがでしょうか。

一生モノ 編集部

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この記事を書いた人

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201811/02

本当のスペインを見る旅!一生ものの旅スペインのホテル [海外旅行 スペイン]

時間が経っても色褪せない旅の記憶 ――――

 特別な瞬間もあれば、何気ない景色もある。
目を瞑ると今でも脳裏に鮮明に浮かぶ、その風景。

 旅でそんな思い出ができたら、それが「一生ものの旅」になる。

 

アンダルシアの崖の上のホテル

アルコス・デ・ラ・フロンテーラの丘の広がる白い家々

アルコス・デ・ラ・フロンテーラの丘の広がる白い家々

もう20年近く前の話ですが、スペイン南部のアンダルシア地方を車で旅をしたことがありました。夏は「スペインのフライパン」と呼ばれるような、とんでもなく暑い土地ですが、訪れたのは10月の終わり頃。いい感じに秋風が吹く、旅には一番いい時期でした。

 

予備知識のない旅

マドリッドでレンタカーを借り、冷や汗をかきながら市街地を抜けると、あとは交通量も少ない快適なドライブ。予定では1週間かけて、トレドからコルドバ、セビーリャを回ってグラナダへ向かい、そこからマドリッドに戻る周遊コース。ホテルなど予約せず、着いた街で探すという気ままな旅でした。

インターネットなどない時代、ホテルを自分の足で探して決めるというスタイルは、決して珍しいわけではなく、ガイドブックや町の観光局でもらったリストを手掛かりに、その日の宿を決めることに、さほど不便さを感じることもありませんでした。

自分の目で見て気に入ったら泊まる、気に入らなかったら他を探す―――
今では当たり前のようにネット上の口コミの評価でホテルを選んでいますが、当時はそれが普通でした。

その日、セビーリャから向かったのは、アルコス・デ・ラ・フロンテーラArcos de la Frontera。丘の上に白壁の家が密集して並ぶ、アンダルシアを代表する風景が見られる町です。町の中心となる広場に、スペインの国営ホテルであるパラドールがあるとの情報を聞いていたので、地図を頼りに狭い路地を抜けて広場に向かいました。

こんな路地を車で抜けていく

こんな路地を車で抜けていく

 

パラドールにチェックイン

そのホテルParador de Arcos de la Fronteraは、広場に面した白壁のシンプルな建物で、町全体が歴史遺産に登録されている町にあって、特に目立つこともなく、一見してホテルであることもわからない地味な建物でした。

建物に入り、小さなフロントに向かいます。
「今夜、部屋はありますか?」
初老に差し掛かった小柄なフロントマンに英語で話しかけました。

彼は目の前の分厚いノートを開き、しばらく無言でページをめくった後
「はい、ございます。何泊ですか?」と表情を変えずに答えました。
「今夜一泊だけです。部屋を見せてもらえますか?」と言うと

引き出しから大きな鍵の束を取り出しながら、「こちらへどうぞ」と奥の廊下に案内してくれました。

ひんやりとした廊下を通って案内された部屋は、白壁とタイルの床に、こげ茶色の家具と調度品が置かれ、素朴ながらヨーロッパらしい落ち着いた雰囲気でした。
値段も思ったほど高くなかったので、泊まることを告げて荷物を運びこみました。

ホテルのある広場には古い城塞がある

ホテルのある広場には古い城塞がある

部屋を決めるとき、その日、天気が良かったのに部屋が少々薄暗かったのが気になったのですが、「まあ一泊だけだからいいか」、と思って妥協しましたが、実際部屋に入って窓の外を見ると、見えるのは隣の建物だけでした。

どうしてもその薄暗さが気になったので、フロントに行って「もっと明るい部屋はありませんか?」と聞いてみました。
フロントマン氏「ありますよ、少々料金は高くなりますが。」
この時、ホテルがどんな場所に建っているのかを知りませんでした。

次に案内された部屋は、内装は前の部屋とほとんど同じですが、閉められたカーテンの隙間から光が溢れ、部屋全体を明るくしていました。

 

窓の外に広がる絶景

窓に近づきカーテンを開けてみました。そして目の前に広がる風景に、文字通り息を呑みました。
そこには地平線まで連なるアンダルシアの大地が広がっていました。
広大な平野の多くは畑で、そこに小さな森と家が点在し、午後の太陽を受けて全体に霞がかかったように輝いていたのです。

実はホテルが建っていたのはこんがところ

実はホテルが建っていたのはこんがところ

実はこのホテルは崖の上に建っていて、南側に面した部屋からは何に遮られることなくアンダルシアの大地が眺められるのです。

インスタグラムもグーグルアースもない時代、行く先々の景色をあらかじめチェックしておくことはできませんでした。だからこそ、こんな驚きに満ちた素晴らしい風景との出合いもあったのかもしれません。

あの時にカーテンを開けた瞬間を、今でも鮮明に思い出すことができます。きっと一生忘れることはないでしょう。

ホテルの窓の外にはこんな風景が広がっていた

ホテルの窓の外にはこんな風景が広がっていた

 

[ DATA ]

パラドール・アルコス・デ・ラ・フロンテーラ
Parador Arcos de la Frontera
住所:Plaza del Cabildo, s/n
   11630 Arcos de la Frontera Cádiz
電話:+34-956700500
URL( www.parador.es/es/paradores/parador-de-arcos-de-la-frontera )
客室数:45

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