201901/18

シルクロードの玉商人を訪ねて。中国・新疆ウイグル自治区のホータン [海外旅行 中国]

市場に並ぶ小さな玉。これは手頃な値段のもの

市場に並ぶ小さな玉。これは手頃な値段のもの

人間は文明が始まる以前から装飾品を身につけていました。最初は貝や木の実、動物の骨などでしたが、やがて美しい石に穴を開けたり、加工したりするようになります。これが宝石や貴石ですが、金銀を別にすると珍重する石は地域によって異なりました。単にきれいな石というだけでなく、その石自体に力があると考えられていたからです。中国の場合、それが「玉(ぎょく)」でした。何年か前、私はその玉の産地の中国新疆ウイグル自治区にあるホータンを訪れました。今回はそこで玉商人の家に招かれた旅の話を紹介します。

「玉」とは

玉商人の家で見せてもらった玉の原石。これから加工されるが、大きなものになると数千万円するという。

玉商人の家で見せてもらった玉の原石。これから加工されるが、大きなものになると数千万円するという。

「玉」とは翡翠のこと。緑あるいは白、その中間色をした石で、「硬玉」と「軟玉」の2種類に分かれます。この玉を珍重する文化は、古くから中国とメソアメリカにありました。中国で採れるのは「軟玉」で、とくにホータン(和田)産のものは「和田玉(ほーたんぎょく)」と言い、高い価値がありました。伝承では紀元前の前漢の武帝の時代、西域に派遣された張騫が持ち帰って皇帝に献上したのが、最初に中国に伝わった玉だと言います。

古代中国では玉は権威の象徴でした。身につけることができるのは王侯や許された貴族だけで、一般人は禁じられていたのです。また魔よけやお守りの力があるとされ、玉を副葬品として死者と一緒に埋葬する習慣が漢民族の間に広まりました。

シルクロードの交易都市として発展したホータン

屋外バザールにて。岩塩をロバ車で運ぶ老人

屋外バザールにて。岩塩をロバ車で運ぶ老人

ホータンが位置するのは広大なタクラマカン砂漠の南側。古来より砂漠を南北に迂回する隊商ルートのひとつ「西域南道」にあります。周囲を砂漠に囲まれながらも2つの川によりオアシスを形成し、紀元前からここには都市国家が生まれていました。交易により栄えたホータンですが、シルクロードの主要ルートが砂漠の北道に移り、15世紀以降は世界的な貿易ルートが海の道になったこともあり、町は次第に廃れていきました。

ホータンに住む人々の多くは、イスラーム教徒のウイグル族です。ただし町の中心部は、新疆の他の町同様、漢民族の移住による漢化が進んでおり、個性のない“よくある中国の地方都市”の街並みになっていました。ですが、町の外に出ると漢民族の姿は消え、一気に農業や牧畜業を営むウイグル人の世界になります。ポプラ並木の未舗装の道をロバ車が行き交う、昔ながらの姿がそこにはありました。

ユルンカシュ川で玉を探す人々

ユルンカシュ川の河原で玉を採掘する人々

ユルンカシュ川の河原で玉を採掘する人々

ホータンでは玉の産地を見たく、町外れを流れるユルンカシュ川に行ってみました。ここは二千年以上前から玉が採掘されている川です。夏になると崑崙山脈からの雪解け水が玉を押し流します。水量が減り河原が露出してくる冬まで待ち、人々は河原に出て玉を探すのです。訪れたのは水量が少ない時期だったので、河原は一面、石で埋め尽くされていました。ホータンの玉は枯渇しかかっていると聞いていましたが、眺めると今でも玉を採掘している人たちがいます。

河原のあちこちには採掘者たちのテントがあり、そのうちのひとつを訪ねて話を聞いてみました。そこにいた夫婦はふだんは農業をしており、農業の合間に来て玉を探しているとのことでした。「どのくらい稼げるの?」と聞くと、一ヶ月で5000円から1万円くらい。いくら田舎でも今の中国ではまったく大した金額ではありません。それならなぜ掘るのかというと、たまに“大当たり”が出るからだそうです。この夫婦は以前に、年収の2倍ほどの玉を掘り当てたことがあるとか。ならば「あの夢をもう一度」と、宝くじを買うような感覚で玉探しをしているのかもしれません。

玉を磨く少年。こうした風景が街の各所で見られる

玉を磨く少年。こうした風景が街の各所で見られる

玉商人の家を訪れる

中庭で玉の原石を見せてもらう

中庭で玉の原石を見せてもらう

最後に知り合いのつてで、成功しているという玉商人の家にお邪魔しました。家は町から少し離れた村にあり、家族総出で出迎えてくれました。ご主人に聞くと、20年前まではふつうに農家を営んでいたそうです。そのころはまだ玉の値段も高くなく、仕事が軌道に乗るまでは時間がかかったとか。しかしその後、玉の価格が上がり、今では人を使って採掘するほどになったそうです。

頼んで、値打ちがある玉をいくつか見せてもらいました。人気があるのは真っ白ではなく、茶色い模様が入った「羊脂玉(ようしぎょく)」で、その模様によって値段が違うのだそうです。消しゴム大のもので2万円〜。大きなものは数千万円とか。しかし私には見ても価値がよくわかりませんでした。カットするとまた違うのでしょうね。

年収が増えたというので、「これからも玉の仕事を続けますか?」と聞くと、意外にも「わからない」との答え。というのも、玉はかなりリスクがあるビジネスだというのです。「羊なら翌年も予想がつくので、これからは牧羊業に力を入れようと思う」と、最後にご主人は答えました。その時は、そうなのかなと思いましたが、その後、中国では羊肉火鍋ブームが訪れ、羊の価格が1.5倍に上りました。あのご主人、先見の明があったようです。

玉バザールのにぎわい。みんな真剣な表情だ

玉バザールのにぎわい。みんな真剣な表情だ

帰りにユルンカシュ川の上流にある、玉バザールを訪れました。テントに店を構えている人もいれば、ただうろついてポケットから玉を取り出して見せてくる人もいます。直接交渉の世界ですが、個人だけでなくグループや商人の下働きもいます。なんとかして売ろうという気迫を感じました。二千年以上前から営まれているホータンの玉取引ですが、その伝統は今後も続いていくのでしょう。

 

歴史本の中にたびたび現れるホータンの玉。それを実際に採掘したり取引したりしている人の話が聞けたことは、私にとって貴重な体験でした。本やネットでは伝わりにくい、現場の空気感を感じることができるからです。欲しい人がいる限り、これからもホータンでは玉が掘り続けられるでしょう。そんなことを肌で体験できるのも、“一生モノ”の旅なのです。

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

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