201811/23

未完成のうちこそ見ておきたい? 2026年に完成予定のサグラダ・ファミリア  [海外旅行 スペイン]

建設中のサグラダ・ファミリアを「生誕のファサード」側から見る(2015年撮影)

建設中のサグラダ・ファミリアを「生誕のファサード」側から見る(2015年撮影)

世界を旅するようになり、建築に興味を持つようになりました。ただ外観を見るだけでなく、解説などを読みながら見ると理解がより深まります。今回は有名すぎるとは思いますが、スペインのサグラダ・ファミリア聖堂を紹介しましょう。「一生に一度は見たい建物」のランキングでは、タージ・マハルと並んで常に上位にくる建物です。ただ、他の有名建築と違うのは、これがまだ「未完」ということなのです。

ガウディが生きているうちに完成した生誕のファサード

ガウディが生きているうちに完成した生誕のファサード

バルセロナが生んだ名建築家アントニ・ガウディ

スペインのガイドブックの表紙やバルセロナの町の紹介の画像に、必ずいってもいいほど使われるのがサグラダ・ファミリア聖堂です。トウモロコシのような形をした鐘楼が上にのびた姿は、他にないユニークな姿でしょう。世界遺産に登録され、スペインで最も人が訪れる観光地ですが、実はこの聖堂はまだ完成していません。今も建物の上部にはクレーンがあり建設が続いています。建設中なのに世界遺産に登録された建物は、おそらくこれぐらいでしょう。

この聖堂を設計したのは、バルセロナ出身の建築家アントニ・ガウディです。ガウディは19世紀末から20世紀初頭にかけて、多くのモデルニスモ建築を設計しました。「モデルニスモ建築」とは、同時期のフランスのアール・ヌーボー運動のように、自然のモチーフを取り入れ、曲線を多用した建築です。また、イスラム風の装飾を取り入れたムデハル建築の影響も受けています。19世紀後半、第二次産業革命で景気が良かったバルセロナでは、新興の産業資本家たちが建築家に最新のトレンドであるモデルニスモ建築を発注していました。なかでもガウディは人気の建築家で、グエル邸、グエル公園、カサ・ミラなどを手がけました。現在、サグラダ・ファミリア聖堂を含め、そのうちの7つが「アントニ・ガウディの作品群」として世界遺産に登録されています。

外光を明るく取り入れた聖堂の内部

外光を明るく取り入れた聖堂の内部

それまでにない斬新な設計に挑む

1882年に着工したサグラダ・ファミリア聖堂ですが、初代建築家が意見の対立ですぐに辞め、翌年にガウディが2代目の建築主任に就任しました。当時ガウディは31歳。ほぼ無名でしたが、設計を一からやり直し、世界でも類を見ない聖堂の建築を試みます。「サグラダ・ファミリア」とはスペイン語で「聖家族」のこと。教会にはイエス・キリストの生涯を表す「生誕」「栄光」「受難」の3つのファサード(建物の正面部分)を設け、それぞれに4本ずつ鐘楼がのびるスタイルをとりました。12使徒を表すその合計12本の鐘楼に、4人の福音記者を表す4本の塔、イエスとマリアの2つの塔を加えた全部で18本の塔が立つという、斬新な設計です。

サグラダ・ファミリア聖堂の建設資金は、寄付によって賄われていました。しかし資金難もあり、聖堂の建築は遅々として進みません。また、ガウディもその間に売れっ子になり忙しく、また度重なる設計変更もありました。ガウディは1914年以降、宗教建築以外の仕事を断り、ようやくサグラダ・ファミリアに専念し始めます。さらに1925年にはサグラダ・ファミリア内の仕事場に住まいを移しましたが、不幸にも翌1926年に市電にはねられたことが原因で亡くなります。73歳でした。ガウディの生前に完成していたのは、地下聖堂と生誕のファサードだけだったといいます。

「受難のファサード」が完成したのは1987年

「受難のファサード」が完成したのは1987年

聖堂完成までの長い道のり

ガウディの死後も建設は続けられますが、間もなく起きた世界大恐慌、スペイン内戦などにより、たびたび中断します。また、アトリエが火事になり設計図や模型が焼失したこともありました。それでも建設はゆっくりとですが進んでいました。その完成までのスローペースは、私が初めてサグラダ・ファミリアを訪れた1980年代には、「完成までにあと200年」と言われていたほどです。しかし2000年代に入り、作業が急ピッチで進みます。ローマ法王がここでミサを行ったり、世界遺産に登録されたりしたことが宣伝になり、多くの観光客が訪問。より多くの入場料収入と寄付が集まるようになったのです。また建築方法も最新の技術を取り入れるようになりました。

現在、聖堂の完成は、ガウディ没後100年の2026年を目指しています。完成すると中央に最も高いイエスの塔がそびえるので、印象は今とかなり変わることでしょう。未完の姿の印象が強いこの建物ですが、そのイメージが覆り、ガウディの夢がかなう日がまもなく来るのです。

 

実は私はこのサグラダ・ファミリア、5回ほど訪れています。行くたびに「あ、この部分が完成した」という楽しみがあるんですよね。だから完成してしまうのは、個人的には少し残念な気もします。自分が見たときとは外観が変わってしまうのですから。ふつう建物は完成してから見に行きたいと思うものですが、このサグラダ・ファミリアは例外かもしれません。そう考えると、「未完のサグラダ・ファミリアを見に行く旅」、今でしかできない“一生モノの旅”になると思いませんか?

 

 [DATA]

サグラダ・ファミリア
URL( www.sagradafamilia.org/ )
開:9:00〜19:30(11〜2月は〜17:30、3月・10月は〜18:30) 休:無休
料金:聖堂18ユーロ(ネット購入15ユーロ)

前原 利行

日々、自分の興味があるものを追いかけています。音楽、映画、アート、歴史、そしてまだ見ぬ世界の風景や文化…。心に刻まれた一生モノの経験が、自分の最大の財産でしょうか。これからも、まだ知らない出会いを探していきたいと思っています。

前原 利行
この記事を書いた人

この記事を書いた人前原 利行

201811/22

タージ・マハルはなぜ美しく見えるのか?歴史や建築を知り、理解をより深める旅 [海外旅行 インド]

屋上のカフェからタージ・マハルを眺める

屋上のカフェからタージ・マハルを眺める

「インドの観光地」というと、あなたは何を思い浮かべますか? たぶん多くの人があげるのがタージ・マハルでしょう。ドームを抱く、イスラム様式の白亜の霊廟です。あの建物の何が我々をひきつけるのでしょうか。今回は、北インドの古都アーグラーにあるタージ・マハルの魅力をお伝えします。

南の正門の中から聖廟を見ると、枠内にきれいに切り取られて見える

南の正門の中から聖廟を見ると、枠内にきれいに切り取られて見える

タージ・マハルは皇帝の愛妃の墓だった

16世紀、モンゴル系のバーブルが中央アジアからインドに本拠地を移し、建国したのがムガル帝国です。この帝国は、第3代皇帝アクバルの時代にアーグラーを都として大いに栄え、第6代皇帝アウラングゼーブの時代に領土が最大になります。タージ・マハルが築かれたのは、帝国の全盛期である第5代皇帝シャー・ジャハーンの時代で、インド・イスラーム文化が最も栄えた時代でもありました。

1628年、シャー・ジャハーンは兄弟を血塗られた争いで殺し、皇帝につきます。彼には多くの妃や妾がいましたが、愛していたのは14人の子供をもうけたムムターズ・マハルでした。しかしシャー・ジャハーンが皇帝に即位した3年後に、彼女は産褥熱で亡くなってしまいます。シャー・ジャハーンは大いに嘆き悲み、1年後の1632年にムムターズを埋葬する巨大な霊廟の建設を始めます。これがタージ・マハルです。霊廟建設のためには、インドだけでなく周辺諸国からも優れた職人が集められました。白大理石で建てられたこの壮麗な霊廟が完成したのは、着工から20年近く経った1653年のことでした。

1657年、シャー・ジャハーンが病気になると、彼の4人の息子たちは帝位を狙って争い始めます。勝ち残った4男のアウラングゼーブは、病気から回復したシャー・ジャハーンの軍も破り、帝位を簒奪。父をアーグラー城に幽閉します。かつて兄弟達を殺して帝位についたシャー・ジャハーンですが、その報いが来たのかもしれません。1666年、シャー・ジャハーンは幽閉先のアーグラー城で亡くなりました。

正門を出ると視界が開け、正面にタージ・マハル廟が見える

正門を出ると視界が開け、正面にタージ・マハル廟が見える

タージ・マハルがもっとも美しく見えるのはどこ?

タージ・マハルには、東西と南の3つの門がありますが、私は南の正門からの入場をおすすめします。というのも、タージ・マハルは正門から入場した時に美しさが引き立つように設計されているからです。正門内に入ると最初は霊廟が出口いっぱいに見えますが、出口に近付くにつれ今度は逆に霊廟がどんどん遠ざかっていくように見えます。“じらし”のテクニックです。しかし正門を出ると急に視界が開け、四分庭園の奥にある白い霊廟の全体が目に飛び込んできます。

聖廟に近づいていくと、建物が少しずつ重量感を増しているように見えてくる

聖廟に近づいていくと、建物が少しずつ重量感を増しているように見えてくる

四分庭園はペルシャ(イラン)から伝わった庭園様式です。霊廟の手前にこの庭園を配した空間を作ることで、霊廟本体の美しさが際立つようになっているのです。たとえば庭園を歩き霊廟に近づいていくと、見慣れたはずの霊廟の見た目が変化していくのがわかります。これもテクニックで、近づくにつれて4本のミナレット(尖塔)が視界から消え、霊廟本体の重量感が増してくるのです。つまりそれまでミナレットが、霊廟に軽さと優雅さを作りだしていたのです。

聖廟はどの面から見ても同じ形で、均整のとれたプロポーションをしている

聖廟はどの面から見ても同じ形で、均整のとれたプロポーションをしている

左右対称が唯一崩れているのはどこ?

タージ・マハル本体である霊廟は、高さ7mの基壇の上にあります。近付くと遠くから見えていた大ドームが建物に隠れて見えにくくなり、霊廟がさらに重々しく見えてきます。霊廟の建物は正方形の四隅を切り落としたような、変則八角形。ぐるりと一周すると、どこから見ても同じ形に見えることがわかりますよ。

霊廟の中はとてもシンプルで、余計なものはありません。中央にあるのがムムターズ・マハルの棺で、その脇にあるのが皇帝シャー・ジャハーンの棺です。庭園から建物まで、見た目すべてが対称的に造られているタージ・マハルの世界ですが、ここだけが非対称になっています。アウラングゼーブは父シャー・ジャハーンの霊廟を造りませんでした。妃の棺の脇に添えられた棺を見ると、晩年の皇帝の哀れさと、息子の父に対する憎しみが感じられるでしょう。

 

タージ・マハルには、仕事を含め全部で7〜8回は行っています。最初は、ただ外観の素晴らしさに圧倒されるだけでしたが、何度も行くうちにその歴史や建築にも興味を惹かれるようになりました。調べてみると気づかなかったこともまだまだあり、知ればもう一度行って確かめたくなるんですよね。誰もが知っている有名観光地ですが、人を魅了するだけの理由がそこにはあるのです。建設当時の人々の美意識を想像するのも旅の楽しみです。それも“一生モノ”の旅でしょう。

 

 [DATA]

タージ・マハル
URL( www.tajmahal.gov.in/ )
開:日の出〜日没 休:金曜
料金:1100ルピー( ADA料金含む )

一生モノ 編集部

一生モノを探して、日々奮闘中です。実際に足を運び、取材、体験することで、皆さまが一生モノを見つけるお手伝いをしたいと思います。こんなコンテンツや情報が欲しいなどのご要望やご意見、お待ちしております。お気軽にお問い合わせください!

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